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どの道をどう進んだか分からないが、与えられた客室に戻ることができた。
侍女もまだ部屋に入ってきておらず、不在であったことは誰にも知られていないと思う。
いまだに高鳴っている鼓動をどうにか安定させようと部屋にあった水差しから水を飲む。
その後しばらくして侍女たちが部屋に入って来る。
そしてパーティーの準備が始まった。
準備の最中幾度かあの男性の目を思い出してドキッとしたが、何とか平常心を保ち準備を終える。
これほどパーティーの準備が長く感じたのは初めてかもしれない。
「お嬢様。それほどまでに緊張されずとも、公国で次期公爵の正妻はみな国内から選ばれております。お嬢様はゆるりとパーティーをお楽しみになればよろしいと思いますよ。」
侍女たちが部屋を出ていく中、髪を結ってくれた侍女だけが部屋に残り声をかけてくれた。
挙動不審であったことが侍女に知れていたことよりも、侍女が優しげに話しかけてくれてことに驚き振り向く。
「そなたは妾が怖くないのか? あ、いや……。」
「私はお嬢様の噂を聞いたことがありますが、怖いと感じたことはありません。」
質問をしてすぐに取り消そうとした私に被せて侍女が言葉を発した。
本来なら不敬罪にとわれてもおかしくない行為である。
その発言の内容も到底信じ難く、俯いた。
「……嘘であろう。そのような下手な慰めを必要としておらぬ。妾は一族殺しじゃ。」
震える声でただ、それだけを吐き捨てる。
侍女に言うようにみせて、自分の立場を再認識させるために呟く。
侍女はそのあと何か言おうとしたようだが、パーティーへの案内の騎士が来て話が途切れた。
「ルーディンス王国カハメージュ公爵令嬢リージュ・クルア・カハメージュ様ご入場!」
美声の騎士が声を張り上げて入場を伝える。
まず最初に公爵と公爵夫妻、次期公爵の元へ挨拶に向かう。
公爵は威厳があり、活力がみなぎっているように感じられた。
そして公爵夫人もまた子供がいるとは考えられないほどに若く、美しい。
「本日はお招きくださり誠にありがとうございます。」
「遠路遥々ようこそいらっしゃった。今回のパーティーは息子の正妻選びではあるものの、あまり気を張らずにごゆるりと楽しまれよ。」
「ありがとうございます。」
私の挨拶が最後であったようで離れたとたん公爵夫妻が立ちあがり乾杯をする。
しかしその直後扉のあたりが騒がしくなり、両目に包帯を巻いた男性が現れた。
そのような状態では何も見えていないだろうに男性は誰にもぶつかることなく公爵夫妻の前にでた。
すごい。
元から盲目だとこのような離れ業ができるようになるのだろうか。
私では誰かにぶつかってしまうと思う。
「ご無礼をお許しください。本来このような場に出席できる身ではございませんが、私の伴侶がこの中にいるようでして、見苦しい姿をさらさせていただきました。」
「……伴侶だと?」
伴侶という言葉に会場内がざわついた。
公爵もまた、真偽を問うようなまなざしで男性を見つめている。
「はい。私の伴侶です。」
淡々と言葉を繰り返した男性に嘘はないように思える。
しかし男性の告げる伴侶という意味が分からずに耳を澄ませる。
あたりでは伴侶という言葉に驚きと興味が隠せない様子の公国の貴族たちがささやきを交し合っている。
とはいえ伴侶という言葉の説明をしている人はおらず、公国において伴侶という言葉は何らかの意味を持っていることが分かった。
「そう、伴侶が……。そう、ね。ではパーティー終了後わたくしたちの部屋に連れてきて頂戴。そこで対応を考えるわ。」
難しい顔をして考え込んでしまった公爵のかわりに公爵夫人が答える。
男性はそれに頷き、次期公爵のななめ後ろに椅子を用意してもらい座った。
あの位置に座るってことは公爵家の人ということ?
公爵家にはでも次期公爵しかお子様がいらっしゃらな……いや、そういえば次期公爵にはお兄様がいらしたという噂を聞いたことがあったような……。
となると、あの男性は次期公爵のお兄様という可能性が高い。
両目の包帯からして目に不自由があるため表になかなか出てこられない方のだろう。
失礼に当たらない程度に男性を観察していると男性がこちらを向いたように感じた。
あまりに見すぎたかもしれないと思い、視線をそらし近くの給仕係から飲み物をもらう。
次期公爵はお兄様と思われる男性と少し会話をすると2、3段の階段を下り、女性たちに囲まれた。
公爵夫妻はしばらく難しい顔で何かを話していたが、しばらくすると2人でダンスを踊り始める。
次期公爵の正妻を見つけるためのパーティーなので私も一回は次期公爵とダンスをしないといけないと思い、次期公爵に近づく。
しかし次期公爵の周りを取り囲む令嬢たちの壁が厚く、次期公爵の濃紺の髪が見える程度の位置から近づくことができなかった。
その後も次期公爵は誰ともダンスを踊ることなく、周りの令嬢と談笑をするだけで本日のパーティーは終わりを告げる。
パーティーの最中何度か包帯を巻いた男性の視線を感じたような気がしたが、男性は目が見えないのでありえないと考え直した。




