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残酷描写があります。
お気を付けください。
ニーアに感じたのと同じでクラウス様以外の人が自分より格下に見えるということは治らなかった。
逆にここ数日で新しいその感覚に慣れてしまった。
そのことが何とも悲しいが、元に戻る様子はない。
目の色も紅いままだ。
ニーアは突き飛ばしてしまった日から姿を見せていない。
もしかしたら怪我をさせてしまったのかもしれない。
いくら私のことを殺すと言っていたからといって私が怪我をさせて良いわけではないと思う。
ニーアは陛下の暗部のようだし……。
しかし、ここで問題になるのが果たしてクラウス様を刺す必要があるかということだ。
ルーディンスの陛下には一族が滅んだ後、色々と助けていただいたという恩義がある。
だからといってクラウス様を刺すほどの恩かといえば、そうは思えない。
私という存在はメリアーノ公国に嫌がられるどころか歓迎されている節まである。
悶々と考えながら日々を過ごしているうちに明日はもう婚約の荷が届く日だ。
クラウス様が寝ている夜、最後のチャンスだとばかりにナイフを握り、クラウス様の部屋に忍び込んだ。
夕餉に仕込んだ睡眠薬がしっかりと効いているようでクラウス様は目を覚まさない。
無防備なクラウス様を前にして、もう一度考える。
果たしてここでクラウス様を刺してどうなろうのだろうかと。
ニーアは私のことを一族殺しというが、私には実際に一族を殺したときの記憶がない。
ただ血のついた短剣を握りしめていただけだ。
もし、ここでクラウス様を刺すとなると私の意思で初めて殺人を行うということになる。
ルーディンスが今苦しい状況だということは分かる。
しかしそれはクラウス様を殺し、他国を侵略しなければならないほどなのだろうか?
私には分からない。
ただ分かることといえば、ここでクラウス様を刺せば私は死ぬということだ。
王種というものの説明を受けた今ではいかにメリアーノの人にとってクラウス様が大切な存在か分かる。
恐らく楽には殺してもらえないだろう。
クラウス様を刺すことによってどうなるかは何となく想像ができる。
しかしクラウス様を刺すことによる利点は?
ルーディンスにとってはあるだろうけれど、私からしたら何もない。
ニーアは暗部が私を殺すだろうと言ったけれど恐らくそれは不可能だろう。
むしろ王種以外が人に見えない今、クラウス様を失えば自分が狂っていくと思う。
世界に自分だけ……。
そんな状態に私は耐えきれないだろう。
けれど、もしクラウス様を刺せばクラウス様は永遠に私のものになる?
ふと思いうかんだ言葉に唖然とする自分がいる。
しかし永遠にクラウス様を自分のものにすれば孤独を感じることはないと囁きかける自分も現れた。
目が紅くなる前は考えもしなかった事態だ。
動揺して一歩下がると、クラウス様が目を開けた。
「刺さないの? 別に僕はかまわないよ? リージュが一緒に死んでくれるなら。」
身体を起こすこともなく淡々とクラウス様が告げた。
その様子からして元から寝てなどいなかったのだろう。
張りつめていた気が抜け、思わず床に崩れ落ちる。
するとクラウス様は立ち上がり私の頬に手を添えた。
「僕はずっと、ずっと待っていたんだ。僕が僕以外の王種に会ったことがあるという話はしたよね。あの後伴侶を失った男性は伴侶を殺した女性を引き裂いて息の根を止めた後、自殺したんだ。王種だと良くあることだよ。2人しかいないのに互いを思いすぎて殺しあうこともある。だからリージュが僕を殺したとしてもこの国の人は驚かないだろうね。悲しむだけ。」
狂ってる。
昔からの感性はそう告げるのに、今では伴侶を殺して自分も死ぬことに憧れる自分がいる。
相反する感情に自分がおかしくなったということを再認識する。
しかしクラウス様は微笑んだ。
「僕もね、リージュが他の誰かのものになるくらいなら今殺したい。殺してしまえば、もう誰もリージュのことを僕から奪えない。素晴らしいことだ。リージュもそう思ってくれているんでしょう?」
否定しようという思いさえ浮かばず、ただ涙が流れた。
それをどう解釈したのか分からないけれどクラウス様が落ちていたナイフを拾い、自らの胸に突き立てようとする。
……手が痛い?
気づけばナイフを握り、クラウス様の胸にナイフが刺さることを止めていた。
手から血が流れ落ちることさえ気にせず、強くナイフを握る。
クラウス様が驚いた顔で何かを告げようとした。
しかし音になる前に影が走る。
次に目に映りこんできたのはニーアの持つ短剣によってクラウス様が刺されている光景だった。
メノマエノオンナガ、ワタシノモノヲキズツケタ。
湧きあがってきた怒りに任せニーアを切り裂く。
何度も何度も原型が残ることさえ許せない。
ナゼコンナワイショウナモノガ。
ユルサナイ。
ユルサレルワケガナイ。
自らが返り血で赤く染まることにさえ気づかないままに、ただ自らの爪を使い切り刻んでいく。
そんな私を止めたのは赤い色のついた手だった。
その手についている血は甘い香りがした。
切り裂くことをやめ、赤を舐める。
香りと同じくとても甘い。
おいしい……。
一心不乱に舐めていると甘い香りに抱きしめられた。
「ありがとう、リージュ。でも僕は生きているよ。急所は外れたから、特に問題ないかな。だから、一緒に寝よう?」
特に眠くはなかったけれど、あなたが寝たいのならば私も寝よう。
ベットに上がる事さえ億劫で、その場でクラウス様を抱きしめ返して目を閉じた。




