11
「ね? リージュは王種だよ。ずっと待ってたんだ。間違えるはずがない。」
嬉しそうにクラウス様が笑う。
「待ってた? どういうことかえ?」
先ほど言っていた王種以外が人に見えないということが関係しているのだろうか?
王種は現在何人いる?
もしクラウス様だけならば、クラウス様は一体どういう風にこの国を見ていたの?
様々な疑問が浮かぶ。
しかし、もし一人しかいない王種なのだとしたら、絶望を感じるだろう。
どこを探しても自分と同等に感じる存在がいないのだから。
「僕は生まれた時から隔離されてたんだ。生まれた時は僕以外に3人王種がいた。でも痴情のもつれで全員死んじゃった。僕が初めて王種に会ったのは思い合ってる2人のうちの男性に横恋慕した女性が、愛されていた女性を刺殺した瞬間だったな。」
「ず、随分とすごいところに出くわしてしまったものだのう……。」
「確かにタイミング的には最悪だろうね。でも王種は大抵伴侶に狂うから3人集まれば起こることだよ。だから僕は隔離されて育ったんだ。その争いに巻き込まれないように。」
「それは寂しいかったであろう。」
「そんなことはない。寂しいという感情すら知らないから。でも恐らく王種が伴侶に依存するのは他者が同等に見えないからなんだろうね。だから初めて会った王種に依存する。離れないし、自分から離れることも許さない。もし離れていこうとするなら殺してでも自分の近くに引き止める。リージュは僕にとって初めて会った王種じゃない。でも初めて執着することを許してくれた王種だ。今思うと自分と同じ存在がいると分かっても、長い間会えなかったのは辛かったのかもしれない。ずっと焦がれていた。」
離さないというように背後からクラウス様の手がまわってきた。
抱きしめる力が強いのは思いの強さだろうか。
一応つぶれないように手加減してくれているみたいだけれど……。
「……。」
私は同じだけの思いを返せないと思う。
クラウス様の依存さえ理解できない可能性が高いだろう。
そう思って唇を噛みしめる。
犬歯がとがっていたようで唇から血が流れ出るのが分かった。
クラウス様がその血を舐めとり、微笑んだ。
「ダメだよ、リージュは血の一滴まで僕のものなんだから。例えリージュ自身でも傷つけることは許さない。」
恍惚とした表情を見て、なぜか一筋の涙が零れ落ちた。
クラウス様に同情した訳でもない。
これからどうなるか分からない自分を憐れんだ訳でもない。
たった一滴の雫ではあったが、床に散った瞬間自分の見ている世界が変わった気がした。
「あれ? リージュの王気が見える? さっきまで見えなかったのにな。」
首をかしげるクラウス様を鏡越しに見て驚く。
赤黒い炎のようなものが一瞬見えたのだ。
しかし、その炎は一瞬で消え今や視界に映ることがない。
だがクラウス様から王者の覇気のようなものが感じられる。
「ど、どういうこと?」
混乱の極みにおちいってポロリと口から言葉がこぼれ出る。
その瞬間クラウス様が今まで見た中で一番嬉しそうな、極上の笑みを浮かべた。
「リージュも僕と同じものが見えるようになったんだ。嬉しいなぁ。もう絶対に離さないから。」
意味が分からないがぎゅうぎゅう抱きしめられる。
小躍りしそうなクラウス様の様子に何か良からぬことが起きたのではないかという不安が浮かんだ。
時間間隔がおかしくなってしまっているようで、長いか短いか分からない時間が経過した後、クラウス様が部屋から出て行った。
すると、どこからともなくニーアが現れた。
「なんであんなに近づいているのに刺さなかったのですか? 絶好のチャンスだったのに。まぁ、あの様子ならいくらでも機会があるでしょう。それよりもその目どうしたのですか? 気持ち悪い色になってますよ。」
ニーアが眉間にしわを寄せ嫌悪感を露わにする。
しかし、そんなニーアの様子よりもニーアがとるに足らない矮小な存在に感じることに驚いた。
間抜け面をさらしている私を見てニーアが冷たい視線を送ってくる。
「わたしのことをそんなにジロジロ見てどうしたのですか? 気色悪い。」
罵られても何も感じない。
何だろう?
少し動いただけで殺せそう。
そんな存在に多少馬鹿にされても動くことの方が面倒。
今までこんなこと思った事もなかったのに……。
混乱して返事をしない私に焦れたのか、ニーアが掴みかかってきた。
「無言でいればいいってものでもないのですよ。悲劇のヒロインにでもなったつもりですか?」
「そんなつもりじゃ……。」
悲劇のヒロイン?
むしろ逆だ。
今少しでも動いたらニーアが死ぬ。
何となくだけれど、そう感じてニーアの好きにさせる。
そんな様子がニーアには気に食わなかったようだ。
平手打ちにされそうになってニーアを吹き飛ばした。
「ぐっ。」
受け身も取れずにニーアが壁にあたった。
ただ突き飛ばしただけだったのに……。
そんなに力もいれなかった。
ニーアの無事を確認しに行こうとすると、ニーアが睨み付けてきた。
「わたしが死のうとも、お前が気味悪いあの男を殺さなければ陛下の暗部によってお前は死ぬ。こんなことをしてただで済むと思うなよ。」
私を威嚇しながらニーアが立ちあがる。
そして暗闇に紛れていなくなった。
いつの間に日が落ちたのか分からないけれど、自分の感性がおかしくなったことに恐怖を覚えた。




