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起きてニーアに言われた通りナイフをふくらはぎに着ける。

歩くときに音がするのではないかとひやひやしたけれど、そんなことはなかった。

笑顔のニーアに見送られ、クラウス様と共に静闇の館へと向かう。

クラウス様は昨日とは打って変わり機嫌が良さそうだ。

両目に包帯をしているため分かりにくいが……。


「ここがリージュの部屋だよ。右隣が僕の部屋だから、何かあったら呼んで。」


何かあったらって、クラウス様に何かされた場合はどうすればいいのだろう。

ふと疑問が浮かんだが、すんでのところで飲み込む。

そして部屋を見回した。


前の部屋より狭いけど明るい。

窓についているガラスも前の部屋より質がよさそうだ。


「こんな良い部屋を借りてしもうていいのかえ?」


「うん、ここは僕の伴侶が暮らすために用意された部屋だからね。婚約したリージュにピッタリの部屋だよ。」


満足そうに頷き、クラウス様が両目の包帯を外した。

包帯の下からは澄み渡った紅い目が現れる。


いつも思うけれど、ずいぶんと綺麗な目。

クラウス様の感情を直に表すから怖いこともあるけれど、透明感があっていいな。

隠していることがもったいない。

何とはなしにクラウス様の目を眺めているとクラウス様が笑った。


「僕の目はお気に召した? まぁ、王種は紅い目に恋をするからね。当然かな。」


「前から思っておったのじゃが、王種や伴侶とはどういう意味かえ? 紅い目に何か意味があるのかのう?」


侍女がいないため、ようやく踏み込んだ質問ができる。

今を逃したらもう聞くことができないかもしれないと思い、すかさず聞いた。

するとクラウス様は少しためらった後頷く。


「それについてどこまで教えられるか、それはリージュがとこまで僕に心を開いてくれるか次第かな。リージュは、いやリージュも吸血鬼でしょう?」


吸血鬼とは物語などで良く語られる血を吸う化け物だ。

それだと断言されてリージュの頭が真っ白になる。


「わ、妾は血を吸ったりはせぬ。」


ようやく絞りだした言葉にクラウス様が不思議そうな顔をする。


「それはそうでしょ。僕は吸血鬼だけど伴侶以外の血なんて吸いたくない。リージュの血なら吸いたいけど。」


「え?」


物騒なことを言われ固まる。

ギギギと音がしそうな動作でクラウス様を見上げる。

私の血をす、吸いたい……?

冗談だと言って欲しかったけれど、クラウス様の目は冗談を言っているようには見えない。


「まずね、僕はリージュ以外が人には見えない。これは王種の特徴なんだ。目には人型に移っているけど、人として認識できない。自分たち王種以外が下等な生物に見えるんだよ。」


「王種とは吸血鬼の王なのかえ?」


「うん、そう。正確には王の種族。特徴としてはこの紅い目かな。他にも色々あるけど、代表例を言うなら、さっき言った王種以外が人に思えないということと、人間を吸血鬼にできることだろうね。」


クラウス様が自分の紅い目を軽く抑えた後、ちらりと城の方角を見た。

その様子はまるで城にいる人がみな吸血鬼であると告げているようで……。


「正解だよ、リージュ。この国は平民や農民に至るまでみんな吸血鬼だ。鎖国こそしてないけどメリアーノでは自分の国以外の人間とは結婚することがほとんどない。それはみんな吸血鬼だからだ。この国はね、迫害されて逃げ続けていた吸血鬼が団結してできた国なんだ。純潔の吸血鬼はもういない。けれど吸血鬼の血が混じって生まれてきた人は人間では出せないような馬鹿力を持ってるし爪を武器として使える。さらに言えば、眷属間でテレパシーも使える。メリアーノではヒエラルキーの上位にいるほど力の強い吸血鬼だ。」


「階級が上の者ほど強い吸血鬼ということはこの城にいる者はみな吸血鬼の中でも上位の者ということかのう?」


「そうなる。この城には王種がいるからね。弱い吸血鬼は近づけない。王種が喜べば吸血鬼も嬉しい。王種が怒れば吸血鬼も憎しむ。王種は吸血鬼の感情さえも左右する存在なんだ。そして、すべての吸血鬼が王種の眷属にあたる。下位の者ほど王種の感情に感化されてしまう。」


なるほど、王種は紅い目をしていて、とても強い。

そして吸血鬼の王の種族だから眷属たる他の吸血鬼の感情に影響を与えることができるということか。

眷属間でテレパシーが使えるということが戦争で強い秘訣かもしれない。

他にも王種を守ろうとして動けなくなるまで戦うのだろう。

メリアーノ公国は人外が住むという話は本当だった。

でも、なんと歪な……。

いやメリアーノ公国に住む人にとっては歪ではなく、これが正常なのかもしれない。


「それなら妾は王種ではなかろう。なぜクラウス様は妾を伴侶だと言うのかえ?」


王種どころか吸血鬼である可能性も低いと思う。

クラウス様がいかに怒っても私まで苛立つことがなかったのだから。

しかしクラウス様は意味深に微笑んだ。


「リージュは王種だよ。そして伴侶というのは王種が執着する相手のことを呼ぶときに使う言葉だ。鏡を見てごらん。」


手で示された先にある鏡には普段と変わらない紫色の目をした自分がいた。

しかしクラウス様の手に両目を覆われ、再び鏡の自分を見た時、目の色が変わっていた。

紅い……。

なぜ自分の目が紅いのか全く分からないけれど、紅い目は違和感なく私のものだと思える。

クラウス様が呆然と自分の目を見つめる私を嬉しそうに眺めていた。

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