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再び私の部屋に戻り、2人で夕餉をとる。


「クラウス様は妾などと婚約して良かったのかえ? 言ってはあれじゃが、妾の一族はすでに滅んでおる。故に婚姻関係を結んだとしても利点がないとおもうのだがのう。」


「へぇ、リージュは僕が利害関係で結婚すると思ってるんだ?」


部屋の空気が一気に重くなったのが分かった。

どうやらクラウス様を怒らせてしまったらしい。


「いや、じゃが、クラウス様とて公爵家の方であろう。恋愛感情だけで婚姻を結ぶことはできぬのではないかえ?」


「いや、僕は恋愛感情だけでの婚姻を許されているよ。ここでは込み入った話はできないから割愛させてもらうけど。」


「そうであったのか。ずいぶんと特殊だのう。想像もできぬわ。」


「まぁ、特殊と言えば特殊だね。マレンツは利害も含んだ婚姻だから。」


「兄弟でも違うのかえ? それではマレンツ様が可哀想だのう。」


数回しか会った事がないマレンツ様の顔を思い出そうとする。

顔が整っておられたとは思うが、なんとなくしか思い浮かばない。

マレンツ様ってどんな方なのだろうか?

それすらよく分からない。

マレンツ様の事を考えていると、クラウス様の機嫌がさらに悪くなった。


「リージュはマレンツの事なんて気にしなくていいよ。あれはあれで好きに生きてる。」


「そうじゃのう。マレンツ様も子供ではないのだから、妾ごときが心配しても仕方がないのう。」


「リージュ、自分のことをごときと言ってはいけない。むしろマレンツの方がごときだ。」


「い、いやいやいやマレンツ様は次期公爵であろう。妾のようなただどこかへ嫁ぐことしかできない者とは大違いじゃ。」


マレンツ様の事を軽く扱うクラウス様の様子に驚く。

兄弟だけれど仲が悪い?

目が見えるのに他人から怖がられるという理由のせいでクラウス様が次期公爵になれなかったから?

でもクラウス様は次期公爵になりたいようには見えない。

どういうこと?

よく分からずに首をかしげる。

しかしクラウス様は私の言葉が気に食わなかったようだ。

食事中にも関わらずクラウス様がテーブルを思い切り叩いた。


「大違い? そう、大違いだ。リージュは王種だけど、マレンツは違う。その他大勢と同じ。ねぇ、僕にはリージュだけなんだよ。なんで分からない? 僕もリージュも同じはずなのに。」


強い眼力で見られたが、なぜクラウス様が怒るのか理解できない。

私だけという言葉もよく分からなかった。


「明日、リージュには静闇の館に移ってもらうから。侍女もつけなくていい。リージュの侍女たちは婚姻の荷が届いたときに一緒に帰ってもらう。」


「しかし……。」


婚姻前から同室というのは外聞が悪い、そう言おうとしたがクラウス様の鋭く光る紅い目を見て口を閉じる。


「懸命だね。反論は許さない。別に同室という訳じゃないよ。ただ同じ館に住むだけ。」


そうとだけ言い捨ててクラウス様が部屋から出て行った。

そこでようやく緊迫した空気が緩む。

だらしないとは思うが、脱力して背もたれにもたれてしまった身体を起こす気になれない。

その間に侍女たちが悲惨な部屋の状態を片付けてくれた。


「なんと野蛮な。だからメリアーノの人間など人外だというのです。そう思いませんか、お嬢様。」


片付けが終わり気づけばニーア以外の侍女が退出していた。


「野蛮などと言ってはならぬ。クラウス様は妾の婚約者だからのう。」


ニーアの口調がいつもよりも強いのはクラウス様の態度に怒りを感じているためだと思うが、流石に野蛮という言葉は聞き逃すことができない。

しかしニーアは鼻で笑うと、手紙を差し出してきた。


「陛下からの手紙ですよ。絶対に実行しろとのご命令です。読んだ後は燃やしてください。」


陛下からということは、ルーディンスの国王からということ?

先ほど見た手紙とは何が違うのだろう。

開けてみると、予想外のことが書かれていた。


わ、私がクラウス様を刺す?

な、なぜそんなことを……。

動揺で手が震える。

とりあえず御璽が押してあることとサインが陛下のものであることを確認して手紙を蝋燭の炎で燃やす。

私の動揺を面白そうに眺めた後ニーアがナイフを渡してきた。


「しっかりと砥いであるので切れ味抜群ですよ。クラウス様が近づいてきた時に刺すのです。そう、刺す場所はここですよ。」


ニーアが刃物を持ってない方の手をとり胸の少し下にあてる。

涙目になって首を振るが、ニーアがナイフを首に突き付けてきた。


「あなたは陛下の駒として自分の役割を果たせばいいのですよ。もしできないのなら私のナイフがあなたの首に刺さるだけです。」


「ど、どうして……。」


「どうして? 陛下はメリアーノがほしいのですよ。あなたの婚姻を約束するためにメリアーノは大金を用意してきました。あなたとではつり合いがとれないほどのね。その際に知ったのですが、どうやらクラウス様はメリアーノにとって公爵よりも更に大切な地位に着いているらしいのです。だから殺すのですよ。その混乱に乗じてルーディンスがメリアーノに攻め込みます。」


「なんで……。」


「なんで? どうして? あなたは先ほどからそればかりですね。余程頭が弱いのですか? ルーディンスが今、歴史にも類を見ないほどの大飢饉に襲われていることは流石に知ってますよね? だから食料が必要なのですよ。そのために豊かなメリアーノが欲しい。ただそれだけです。自分の一族を殺したあなたなら簡単でしょう? 後ひとつ死体を増やせばいいだけです。あなたの手で。期限は婚姻の荷が届くまでにしましょう。そばにいないからといって私が見てないとは思わないことです。」


そうとだけ言ってニーアが部屋から出て行った。

一体、どうすれば……。

考えたところで答えなどでない。

諦めにも似た絶望の中で鈍く光るナイフを見つめた。

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