2話
「どうしたのかな?」
店が開店してしばらくすると、店を覗いてばかりいる、紅に花柄の着物の小さな女の子がいた。こっちから声をかけたら、入りやすいかな?と思い、海は声をかけてみた。
「あの……お母さんの誕生日に、お花あげたいの」
「そっか。お母さんは、何の花が好きなのかい?」
「椿って言ってた」
「椿か」
(この初夏に、椿とは難しい話だな。花は花だが椿は植木だ。しかも冬の花。さて、どうしたものか……)
「お兄ちゃん、椿ないの?」
海が考え込んでいたのが、心配になったのか、エプロンの裾を引っ張って聞いてきた。
「椿はね。今の季節には咲かない花なんだよ。あっ、ちょっと待っててね!」
女の子に待っているように頼んで、海は店の二階に駆け上がる。確か去年、造花のブーケを作った中に、椿の花もあったはずだと、海は思い出す。
“桜のブーケを”と、注文が入ったときに、造花でもいいならと作ったのがきっかけで、本来ならブーケにはむかない、藤・牡丹と色んな花で作ってみた。
海は二階の物置を探し、椿のブーケを見つけて店に戻る。色あせないブーケ。
「おまたせ!椿だよ」
「わぁ!」
「本物じゃないけどね。お母さんに、これでどうかな?」
「うん!」
元気のいい返事が返ってくる。
「これで、お金足りる?」
差し出された小さな手には、おこずかいであろう小銭が握られていた。
「お金はいいよ。これは、お兄ちゃんが遊びで作った物だから、君にあげるよ」
「ありがとう」
例えるなら、チューリップの蕾が開いたらような笑顔。女の子は、礼儀正しくお辞儀をして帰っていった。
まさか、造花のブーケが役に立つなんて思ってもみなかったと、海は思う。
前にも役に立ったときがあった、あのときは、巴の誕生日のためだったかと、海は記憶を手探る。
海は一年半前、花の出荷や運送の仕事から、接客や販売の仕事に移動した。その移動先がフローライトだった。入りたての海を、親方が通う喫茶・金木犀に連れて行ってくれた。そのとき、海は巴と知り合った。
どういうわけか、皆フローライトの店長を親方と呼ぶ。
「いらっしゃい。おや?今日はお連れさんと一緒かい?」
出迎えてくれたのは、鉄紺色の着物に前掛けをした、巽だった。
「マスター、こいつ新入りの黒崎。黒崎、ここのコーヒーは絶品なんだぞ!」
西都国色が強くなってきた町並みのなかで、この店は東都国色が強い。椅子にテーブル、カウンター、内装は西都風。服装、建物は東都風。居心地がいいと、海は思った。
「よろしく頼む。黒崎君、私は巽だ」
「よろしくお願いします」
巽は海に、にっこり笑う。その顔は、万年生きた亀を思わせる。
注文は何がいいかと聞かれた海は、目に留まった“本日のおすすめ”のカプチーノにした。
「黒崎、ここの店には看板娘がいるんだぞ」
「へ?」
しばらくして、親方がそんなことを言い出した。
「ただいま」
言霊とはよく言ったもので、長い黒髪を左耳の後ろで結び肩から垂らした、紫色の矢絣|やがすりの着物を着た子が入ってきた。その子が巴だった。
「おかえり」
彼女は買い物かごを抱えて、巽の隣に立つ。
「いらっしゃい」
俺達に、爽やかな笑顔が向けられる。
「この子が、看板娘の巴ちゃんだ」
「親方ったら」
彼女は、ふふっとはにかむ。
「私の孫でね」
「八塚巴です」
巽の隣でお辞儀をする。次に親方が、海を紹介した。
「巴ちゃん、こいつ新入りの黒崎海」
「名前の“かい”って、どんな字で書くんですか?」
よろしくのかわりに、そう聞かれた。
「“うみ”って書いて“かい”」
「綺麗ですね」
巴は、ふわりと笑う。
人を好きになるきっかけなんて、ほんの些細な出来事だったりする。
名前を綺麗と言われたのは、初めてではなかったが、海は巴のその言葉に惹かれた。
もっと話がしてみたい、早い話が一目惚れをした。
その日から、海は金木犀によく行くようになった。親方には、“通いオオカミ”とからかわれた。
「巴ちゃんは、何の花が好き?」
「芍薬、牡丹、狐花です」
「狐花……。曼珠沙華か」
初めましてから数ヶ月、二人が気兼ねなく話せるようになるまでに、たいして時間はかからなかった。
桔梗が満開の満月の日。その日は、巴の幼馴染みの剣迩も来ていた。“本日のおすすめ”は、アメリカンコーヒーとチーズケーキ。
「そういえば、もうすぐ巴ちゃんの誕生日でしたね」
ふと思い出したように剣迩が言う。
「そうなの?」
「はい。来月の初めなんです」
海が聞けば、巴はチーズケーキを切り分けながらはにかむ。
「そうなんだ……」
さて、何を用意しようかと、海は考えを巡らせる。
「今年は、何がいい?」
「剣ちゃんが、いいと思ったものでいいよ」
さすが幼馴染み、毎年プレゼン交換しているらしい。考え込む海をよそに、剣迩は巴と話している。
「わかりました。楽しみにしていてくださいね」
何かと花に例えるのが海の癖で、例えるなら剣迩の笑顔は、深紅の薔薇。
巷の女の子たちを、瞬時に虜にできる威力があると海は思う。
「木藤……」
「なんですか?」
「モテるだろ?」
「そんなことないですよ」
少し考えてから、剣迩はそう言った。
「そんなことあるよ!女の子がほっとかないよ」
自分用に紅茶を淹れていた巴が力説する。巴はコーヒーが苦手だ。
「なら、巴ちゃんが相手をしてくれすか?」
「もうー、いつもそうなんだから」
むくれる巴に、剣迩はにっこり笑う。
「俺は本気なんですけどね」
「黒崎さん、止めてくださいよ~」
耐えかねた巴は、海に助けを求める。
「出来ることならそうしたいけど、俺も同感だから無理」
「おや?気が合いますね」
ニッと笑う海に、木藤はおどけてみせる。
「黒崎さんまで、からかわないでください」
巴は、さらに頬を膨らませて、紅茶をすすった。
からかっているんじゃないんだけど、などと思っている海に、剣迩が巴に聞こえないように話しかけてきた。
「告白するなら、俺がいないときがいいですよ?」
「な!」
「黒崎さんになら、巴ちゃんを任せられます」
驚く海に、剣迩は例の笑顔でそう言った。
巴の誕生日の日。海は考えた末、巴の好きな牡丹の花で花束を作った。とある決意と一緒に。
「誕生日おめでとう」
「わぁ!ありがとうございます」
「造花なんだけどね」
「枯れる心配がないですね!こんなの初めてです」
他に思いつく物がなく、我ながら情けない……と、海は内心肩を落とすが、巴が嬉しそうなのを見て、ほっとした。
「造花の中でも、質のいいものだね」
店の奥から、巽が出てきた。
「お出かけですか?」
「コーヒーの淹れ方の講義を頼まれてね」
いつもは着物を着ている巽が、今日は中折れ帽子にステッキの小物と、洋服に身を包んでいる。
「似合ってます」
「ありがとう。どうも慣れなくてね、落ち着かないよ。では、行ってくる」
「いってらっしゃい」
巽は帽子を被り颯爽と出掛けて行った。巽を見送り、海に向き直った巴は、申し訳なさそうにしていた。
「気をつかわせてしまって、ごめんなさい」
「謝ることではないよ?こういうときは、素直に喜べばいい。それともうひとつ、喜んでくれたらいいんだけど……」
「何ですか?」
「好きです。俺と付き合ってください」
「え?ちょ……」
巴は固まった?そして腰が抜かしてしまったのか、台の淵につかまって、しゃがんでしまった。
「巴ちゃん!?」
それを見て、まだ早かったかと海は思った。
巴の返事を聞くまで、海には時間が長く感じられた。
「はい……」
「へ?」
思わぬ返事に、間抜けな声が出てしまった。
「私も、黒崎さんが好きです」
巴はしゃがんだまま、海を見上げて恥ずかしそうに笑った。




