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牡丹の花束  作者: 柊 さつき
20/22

19話

朝、いつもより早く目が覚めた巴は、服装に迷ったが、着物を着ることにした。衿を合わせて紐を結び、脇を整え伊達締めを締める。巴が着物の背筋がシャキッとする感じが好きだ。

「おはよう。いつもより早いね」

朝食をとるため、一階の店に行けば、巽が朝食の支度をしていた。

「おはよう。おじいちゃん」

巴の表情は、昨日までの憂いが嘘のようで、とても晴れやかだ。巽は孫の変化を静かに見守る。

「出掛けるのかい?」

「うん。黒崎さんに会いに行ってくる」

「そうか」

何かが解けたような巴の笑顔を、巽は嬉しく思う。

朝食を済ませた巴は、二階に戻り洗濯物を干す。時計を見れば、海の働く花屋・フローライトが開店時間まであと少し。姿見で着物の崩れがないか確認する。黒と水色の千鳥格子の夏着物に、規則的に並んだらトランプ柄の帯。

店にいる巽に声をかけ出掛ける。フローライトまで、歩いて二十分。夏の朝は日差しが強い。

角を曲がれば、フローライトが見えるところまで来て、巴は足を止めた。海から受け取ったペンダントを胸の前でそっと握りしめる。一歩踏み出すということは、とても勇気のいること。巴は再び歩き出す。


店先では、親方が花に水をやっていた。

「おはようございます。親方、黒崎さんはいますか?」

「巴ちゃん、おはよう。黒崎なら二階にいるよ」

「お邪魔してもいいですか?」

「いいとも」

「ありがとうございます」

巴は店の奥の階段へと足を進める。巴の雰囲気から何かを感じた親方は、その後ろ姿を見送る。

フローライトの二階は、休憩室として使えるようになっていた。ドアの前で立ち止まり、声をかける。

「黒崎さん、巴です」

「巴ちゃん!?」

ドアの向こうで、バタバタと音がして、しばらくすると海が出てきた。

「どうしたの?」

まさか巴が来るとは思ってもみなかった海は、心底驚いている。

「ごめんなさい。親方にことわって、あがらせてもらっちゃった」

巴はどこか緊張しているようだった。

「散らかってるけど、どうぞ」

海に促され、巴は部屋に入る。そこは人一人が住めるような造りになっていま。テーブルには、色鮮やかな造花が山になっている。

「待ってて、紅茶いれてくるから」

「ありがとうございます」

巴は空いている所に座る。ふと造花の山に埋もれるようにある雑記帳が目にとまった。何気無く手に取り、パラパラとめくると、花の絵や名前に花言葉と、花に関することがたくさん書いてあった。

(しっかり、勉強してるんだ)

そう思いながら見ていくと、パサリと何かが落ちた。

「あっ……」

拾い上げると写真だった。そこには、ペンギンを真ん中に自分と海が写っていた。

「え?」

(この前、写真なんか撮ったっけ?)

思考を巡らせようとした瞬間、巴の頭の中に一気に映像が流れ込んできた。あまりにも急激に流れ込む画像に、脳がついていけず警鐘を鳴らす。ズキンズキンとあまりにもの痛みに、巴はその場に

うずくまる。

“巴ちゃん、こいつは新人の黒崎”

親方が、海を紹介している場面。

”誕生日おめでとう“

プレゼントを自分に渡す海。

巴の知らない場面ばかりが駆け巡る。

「なに……こ…れ…」


そこに、海が戻ってきた。巴の異変に慌てて駆け寄る。

「巴ちゃん!」

何があったのかと周りを見渡せば、雑記帳と写真が落ちていた。

「まさか……」

写真に気をとられていると、巴を支える腕に重さを感じた。

「巴ちゃん!巴!」

海は揺り動かさないように、必死に巴の名を呼んだ。そのとき、巴の手からペンダントが落ちた。

「これは……」

海は、巴が先日の返事を告げに来たのだと悟る。


流れ込む画像がなくなり、薄れゆく意識のなか、海が自分を呼ぶ声が聞こえる。意識がなくなる直前、巴は全てを思い出した。

(海)

声に出したかわからない、愛しい人の名。

(やっと思い出せた)

巴の意識は、深い闇へと落ちていった。

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