18話
「ごめんね。急に呼び出して」
「気にしないで」
美咲はいつもの席に座る。カウンターには、大輪のダリアが飾ってある。
“明日、うちに寄れない?”
昨日、巴から美咲に、そんな連絡があった。
「何がいい?今日は私のおごり」
「じゃあ。ホワイトチョコの」
美咲の目に、メニューのnewの文字が飛び込む。
「おじいちゃんの新作なの」
「なら、なおさらね」
巴の胸元には、ペンダントが光っている。
「おまたせ」
甘い香りのコーヒーに添えられたのは、ビスコッティー。一口飲めば、ホワイトチョコが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「よかった。練習にもう一つ作ろうかな」
「コーヒー、大丈夫なの?」
「うん。飲みたくなっちゃった」
巴はレシピを見ながら、もう一つ作り出す。
「で?何があったの?」
巴の手が、ピタリと止まる。夏至祭りのことは美咲も知っている。今日はその後の話しだろうと見当はつく。
「……それがね。黒崎さんから、告白されたの」
「わお!返事は?」
身をのりだして聞く美咲に、巴は首を横にふる。
「でも、そのペンダント、彼からでしょ?」
「うん」
巴は悲しげにペンダントを握りしめる。
「迷惑なの?」
「そんなことない!でも、私は……」
「彼のこと、思い出せないから、迷ってるの?」
うなずく巴に、美咲は優しく問いかける。
「彼は何て言ってたの?」
「それでも構わないって」
「巴は、どう思っているの?」
「……」
美咲は手のなかでカップを遊ばせる。しばらく、コーヒーのサイフォンの音と、歌姫の歌声だけが店の中を満たす。
「私は、黒崎さんが好き」
巴に自分との記憶がないと知ったあの日から、ひたすら前を向いていた海。
巴の答えに、美咲は満足げに微笑む。
「それなら、今の巴の気持ちを、彼に伝えてあげたら?大切なのは”今“よ」
「今」
「そうよ」
夜、読みかけの本を閉じ、巴は窓の外の空を見上げる。空には星が瞬いている。
―大切なのは”今“よ―
夕刻の美咲の言葉が思い出される。
巴は目を閉じる。
海への気持ちはもう決まっていた。




