17話
帰り道は、渋滞にはまった。東都国では車はまだまだ多い方ではないのだが、ときたま渋滞が発生する。夏至が過ぎると、ほんの少しづつ日暮れが早くなる。街に明かりが燈り始める。
「楽しかった?」
ハンドルを握り、前を見たまま海が聞く。結局、海と手を繋いだ巴が、何か思い出すということはなかった。
「楽しかったです!誘ってくれて、ありがとうございました」
満面 の笑みで答える巴。海は運転しているため、前を見たままだが、喜んでいることはよく分かった。
渋滞を抜け、車はいつもの町に着いく。金木犀の前で車を停める。
海は意を決して、大きく一呼吸する。
「巴ちゃん」
「はい」
巴はシートベルトを外し、改まった声色の海に向き直る。
「好きだ。俺と一緒にいてほしい」
「え?」
思いがけない言葉に、巴の思考はうまく働かない。
「……のに?」
「ん?」
海を見つめたまま、ようやく巴から出た言葉。
「黒崎さんのこと、思い出せてないのに?」
(私は、貴方に辛い思いをさせているのに)
巴の中で、次々と色々な思いが湧き上がる。その思いは、言葉にならず、大粒の涙となってこぼれ落ちる。
そんな巴に海は、優しく話しはじめる。
「君に、記憶が戻らなかったとしても、俺が憶えているから、君のことが大切だから、傍にいたいと思ったんだ」
「黒崎さんが憶えている事って……」
「君と俺のこと」
巴も何となく感じていた。でも、それは自分の思い違いだと思っていた。
「辛かったでしょ?」
濡れた瞳のまま海を見つめる。
「確かに辛かったよ?辛すぎて逃げることも考えた。でも、気持ちは変わらなかった」
「ありがとう……」
巴の心に、海の全ての言葉が染みわたる。
「私、黒崎さんのこと……」
思いを返そうとした巴に、海は自分の唇に人差し指をたてて“その先は言わないで”と示す。
「でも……」
「今はまだ言わないで?落ち着いたら、これをつけて、俺に返事を聞かせて」
“これ”と、差し出された長方形の小箱。巴は涙をぬぐい受け取る。
「開けてみて」
言われるがまま、リボンで結ってある綺麗な小箱を開けていく。中からは、水族館で巴が諦めたペンダントが入っていた。
「これ、さっきの……」
「そう。似合っていたから」
驚き海を見る巴。そして、まだ潤んだままの瞳で微笑んだ。
「本当に、ありがとう」




