15話
水族館の敷地内にあるCafe・マーメードは、海に近い温室のようなテラスのある落ち着いた雰囲気の店。ケーキの評判がいい。
巴はアップルパイとアッサムの紅茶。海はレモンパイとブレンドコーヒーを、それぞれ頼んだ。
「ここの“おすすめ”にはしないんですか?」
いつも金木犀で”本日のおすすめ“しか頼まない海だから、巴は不思議に感じて思わず聞いた。
「金木犀だから頼むんだよ」
「金木犀だから?」
「巴ちゃんの作ったものだから、安心して頼める」
「黒崎さんは、誉め上手ですね」
いつもの冗談だと思って返事をするが、海は真剣な眼差しで巴を見ていた。
「本当だよ」
「……っ」
たった一言だけなのに、それだけで巴は何も言えなくなってしまった。自分の知らない海の真剣な瞳は、巴の心臓をうるさくさせる。
(何だろう?どうしてこんなに波立つんだろう?)
いくらか考えても答えは見つからない。
「お待たせしました」
店員の声で2人の沈黙は破られた。テーブルには、注文したケーキと飲み物が並べられる。
「ごゆっくりどうぞ」
店員を見送り、巴はそっと海を見る。海は、まるで先程のことがなかったかのようにいつもの海に戻っていた。
「俺の顔に、何かついてる?」
そう言われて、巴は自分が海を見つめていたことに、はっとする。
休憩の後は、まだ見ていない場所をまわる。螺旋階段のような通路。
巴は先程の海の様子が気になって、午前中のようには楽しめなかった。
(参ったな。困らせるつもりはなかったんだけど……。無理もないか)
巴の様子を見て、海はどうしたものかと考える。
一つの水槽に、東都の南に位置する水族館には珍しい、北からのお客が来ていた。クリオネだ。その水槽の前で足をとめて、巴がぽつりと話し出した。
「いつだったか。北の方では、クリオネが駄菓子屋さんにある、丸くびの容器に入れられているとききました」
「天然記念物を、そんな扱いしていいのかな……」
「北では、クリオネがいるのが“当たり前”だから、生活の営みの一部みたいになっているんですね」
巴は海が眉をひそめているのを見て、クスリと笑う。そして、水槽に目を戻して「まだまだ知らないことが、たくさんあるんですね」と付け足した。




