淡くて、あまい。
はぁ、と小さなため息が聞こえる。
仁和は視線を落としていた本から顔を上げ、窓を拭いているはずの侍女を見やった。
「どうしたの?」
水に濡らした雑巾を持った、窓を拭いているはずの手は止まっている。
小首を傾げた女主人に侍女――サリーは慌てて首を振った。
「い、いえ。何でもありません」
そう言って再び窓を拭こうとするのだが――どうしてもため息が出てしまう。
「悩み事? あ、もしかして傷が痛む!?」
はっとした瞬間、心配そうな顔で立ち上がろうとした仁和をサリーは否定しつつ制した。
「ち、違うんです! 傷はもう平気です、グランディ様に治療していただいたので!」
「なら、いいんだけど……。じゃあどうして? 何かあったの?」
あの騒動の時、サリーは森に隠れていた敵兵によって傷を負った。
グランディによって一命は取り留め、仁和が帰還した時にはすでに立つこともできるほど回復していた。けれど、その傷は仁和を庇って作ったものである。
完治した今でさえも、仁和は時々申し訳なさそうにサリーを見つめるのだ。傷跡さえも、本当に斬られたのかと思うほど見えなくなっているのに。
「怪我は本当に大丈夫です。……ですが、その」
口ごもるサリーに仁和は首を傾げた。
「違うところが痛む、と言いますか……その、もやもやして」
傷を負い、床に伏せていた争いの真っただ中でも傍にいてくれた一人の少年がいた。
彼は雨の中仁和を待っていたサリーを見つけて、雨に濡れない場所へと案内してくれたのだ。さらにはその間、敵兵に見つからないように警戒してくれたり、もしもの際にと常に剣を握りしめていた。
サリーと同い年とは思えないほど、その横顔は頼もしいものだった。
「サスティのこと?」
さらりとその名を口にした仁和にサリーは小さく悲鳴を上げる。
「に、仁和様っ」
「あ、ごめん。……サスティのこと、気になるの?」
ふわり、と頬を染めたサリーは視線を落とした。手に持った雑巾を意味もなく弄ぶ。
「ち、違うんです。ずっと傍で守ってくれていたので……だからその、気になるとかでは」
「いいんじゃないの? 二人お似合いだと思うよ」
再びさらりと言ってのけた仁和にサリーは必死に首を振る。
「違います! そういうんじゃないんです……!! 私はただ――」
ただ、なんだろう。
ふと彼の横顔を思い出しては心が温かくなり、自分を守る腕は強くて頼もしかった。
その感覚は今でも触れられた箇所に残っているように思える。
最近ぼんやりすることが多く、その原因はすべてサスティだった。
これではまるで――そこまで考え、サリーははっとして強く頭を振った。
もう一度仁和に違いますからねと念を押し、サリーは雑巾を持って窓ふきを再開した。
「うーん、何がいいんだろう。仁和様がお好きなもの、全部出しちゃうとか……でもそれだと晩餐に響いちゃうし食べきれないかも」
首を傾げ、唸りながらサリーは廊下を歩いていた。
頭の中で色々と考えを巡らしながら、あれこれと吟味する。
やるからにはやっぱり喜んでいただきたい。
サリーは籠いっぱいに入った布を抱え直し、廊下の角を曲がり――硬く大きな何かにぶつかって小さな悲鳴を上げた。
踏みとどまる時間もなくサリーは後方へ倒れ、そのまま勢いよく尻餅をついた。頭には手から離れ宙を舞った白い布が視界を隠すように落ちてくる。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
耳に届いた、少年の焦ったような声。
聞き覚えのあるそれにサリーは慌てて視界を遮っていた布を取り、こちらを見つめている少年に息を呑んだ。
「さ、サスティ様っ」
「ごめん、怪我ない?」
手を差し伸べて心配そうに眉を寄せる少年は、以前負傷したサリーを傍で守ってくれていたサスティ・アランであった。
小柄なためかジャンソンたちの着る重い甲冑ではなかったけれど、主要部分はきちんと守る作りになった防具を身に着けている。腰には丁寧に手入れのされた剣が携えてあり、彼は守る側の人なのだと改めて思った。
「だ、大丈夫です。こちらこそすみません、前を見てなくて……」
おずおずとその手を取り――サリーは床を埋め尽くす白に悲鳴を上げ、慌ててしゃがみこみ手を伸ばす。
「せ、せっかく洗ったのに……!!」
同じく床に落ちた籠の中は空っぽで、見事にすべての洗濯物がそこら中に散らばっていた。
サリーはため息とともに肩を落とし、一つひとつ拾い上げる。
すべて洗い直しだ。
この仕事が終わった後、色々と考えを巡らそうと思っていたのだが――見事に予定が狂ってしまった。
その時、もう一つの手が伸びるのが視界に映る。
「手伝います」
白い布を拾っていくサスティにサリーはぎょっとし、慌てて首を振った。
「大丈夫です! サスティ様にそんなことさせられません!!」
「もともとは俺がぶつかったせいですから」
それでも大丈夫だと言っているうちにサスティはすべての布を籠へ戻し、それを抱えてサリーを促した。
「これ、どこで洗うの?」
「あの、本当に――」
「どこ?」
「……案内、します」
決して譲らないとでも言うようなサスティに、サリーは諦めて先頭に立った。
ちらり、と肩越しに彼を見る。
籠から溢れるほどの布は、見た目に反してかなりの重さがある。それを軽々と持ち上げているサスティの腕は、サリーとは比べ物にならないくらい鍛え上げられていた。
すべては国王であるウィルを守るため。
日々鍛錬に明け暮れ、決して手は抜かないのだという。十七という歳にして将来有望だと人づてに聞いていた。
「サスティ様」
「はい」
「以前は、ありがとうございました。意識が失ってた時も、傍で守ってくださっていたとお聞きして」
本来ならばウィルの傍にいたかっただろう。なのに彼のもとを離れ、自分のことを守ってくれていた。
「いえ、もとは仁和様に頼まれたんですが……でももし頼まれなくても、俺はあなたを守っていたと思います」
仁和様が、と思った瞬間耳に届いた言葉にサリーは目を見開く。
「だって、傷を負っている人を危険な場所で一人にはさせれませんから。それにあなたは少し危なっかしいので、見ていてひやひやします」
「そ、そんなことありません。これでも仁和様の侍女です」
並ぶとちょうど同じくらいの背丈の彼を不満げな目で睨むと、サスティは小さく笑う。その表情が少し幼く見え、サリーは思わず見つめてしまった。
黒い髪は柔らかそうに揺れ、成長期である背はあっという間にサリーを追い越してしまうのだろう。そうなれば、今と同じように目線を合わせることもなくなってしまうのかと考えていると、突然目の前にサスティの顔が迫っていて思わず硬直した。
「どうかしましたか?」
「……い、いえ! 何でもありません!」
一瞬大きく跳ねた心臓はどくどくと脈打ち、頬に熱が集まる。至近距離で顔を見てしまったせいか、それとも突然顔を覗き込まれていたせいか――サリーは熱を帯びた頬を両手で包みながらサスティから顔をそむけた。
とっさに目を瞑れば、瞼の裏にサスティの表情が浮かび上がる。
それに小さな悲鳴を上げ、ますます熱くなる顔にサリーは戸惑いながらも必死に気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。
「あの……?」
不審な声が背後からかけられて、サリーははっとする。
「大丈夫ですか? 具合が悪いのならこれは俺が運んでおきますので」
「大丈夫です、すみません」
今日は謝ってばかりだなと小さくため息をつき、慌ててサスティを促した。綺麗に磨かれた廊下を歩き、侍女たちが使う通路に入る手前でサリーは口を開いた。
「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「手伝いましょうか? これ、全部洗うんですよね?」
「ほかの侍女に手伝ってもらうので、平気です」
布がいっぱい入った籠を受け取り、礼をしようとしたサリーはふと思いついてサスティに問いかける。
「サスティ様は何がお好きですか?」
「え?」
きょとん、と目を瞬いた彼を見て、あまりに抽象的な質問をしてしまったと慌てて言葉を付け足す。
「食べ物で、です。できればお菓子がいいです」
「……お菓子、ですか」
「何かあればでいいんですけど……その、仁和様にお出ししようかと」
「仁和様に?」
「はい。お茶会を開こうと思ってるんです。できれば、仁和様が食べたことのないお菓子もお出ししたいなって」
仁和が好むものももちろんだが、目新しいお菓子も用意したい。それに合う紅茶も数種類選んで――と考えていると、サスティは小さく声をもらした。
「あ、俺はスランが好きです」
「スラン、ですか」
「はい。クリームがたっぷりのっているのが一番好きです」
スランとは甘く漬けた果物を練りこんだケーキである。さまざまな種類の果物を入れたものから、季節の果物だけ、または一つの種類の果物だけを練りこんだものまでたくさんある。
砂糖は比較的使わず、そして漬けた果物も甘さが控えめに作られているため老若男女問わず人気がある菓子だ。人によって生クリームをつけたり、ジャムやシロップをかけたりと食べ方も幅広い。
「今、下町で人気のお店に新商品のスランが出ているんです。食べたことはないんですけど、おいしいらしいですよ」
確かにまだスランは出したことがなかったなと思い、サリーは小さく頷いた。
「ありがとうございます。そのお店の名前、教えていただけますか?」
「もちろんですが……あの、スランを作ったことは?」
「私がですか? 何度か作ったことはありますけど、侍女仲間にあげたくらいで」
「では、作ってみてはどうですか?」
え、と思ったサリーに構わずサスティは続ける。
「こういうのって気持ちですし。仁和様も、手作りの方が喜ばれると思いますよ」
「……そうでしょうか」
基本仁和へ出すお菓子はサリーの手作りだ。もともとお菓子作りが好きだったため苦ではなかったが、それは一人分の場合である。
さらには――
「あの……実はそのお茶会なのですが、仁和様だけではないんです。できれば、陛下もお呼びしたいなと」
「陛下も?」
はい、とサリーは小さく頷く。
今回のお茶会は、最近忙しいウィルが仁和に会う時間がないと聞いたために立てた計画だった。
たまには二人でのんびりと、楽しいひと時を過ごしてほしい。
そんな思いがあって、サリーはお茶会を開くことにしたのだ。
「陛下に私が作ったものをお出しするわけにはいきませんので」
「陛下なら気にしないと思いますが……」
小首を傾げたサスティは、でも、と口の中で言葉を転がす彼女ににっこりと微笑んでみせた。
「じゃあ俺も手伝います。俺も作ったら共犯でしょう? もし何か言われたら俺にも責任があるってことで」
「で、ですが……っ」
「お菓子作りって興味があったんです。教えてくれませんか?」
サリーは小首を傾げつつ微笑むサスティに、わずかに逡巡してから小さく頷いた。
よかった、と笑うサスティはそのままの勢いで、サリーが床にまき散らした布を一緒に洗うと言いながら強引に籠を奪っていった。
「すごいですね。これ、全部作られたんですか?」
サスティは目の前に並べられているビンを見て目を輝かせた。
それぞれビンの中身は違っており、どれも果物の甘漬けである。
「はい。スランだけではなく、ほかのお菓子にも使えますし……小さく刻んだものならパンに練りこんでもおいしいですから」
サリーは自室から持ってきたビンを取り出して木製のテーブルに並べていく。
「へぇー。まめだねぇ、今度みんなにも出してみようか……いや、あいつらなら甘い物より肉か」
二人の後ろからひょっこりと顔を出し、小さく唸っているのはマザーである。さすがに城の厨房を使わせてもらうわけにはいかないと、マザーが切り盛りする兵士専用の食堂を借りたのだ。
サリーはいつもお菓子などを作るときはここを利用している。
「すみません、マザーさん。いつも使わせてもらって」
「いいよ、おかげで試食できるしね」
じゃあ買い出し行ってくるから、とマザーは片手を上げて食堂を後にした。
「さて。じゃあ早速作りましょうか」
マザーが扉の奥に消えるのを見送ると、サリーはビンを食い入るように見つめているサスティに向き直る。
子どものように目を輝かせる彼は、まるで宝石でも見つけたかのようで思わずくすりと笑ってしまう。
「好きなんですか? 果物の甘漬け」
「はい! 甘漬けだけじゃなくて、甘いもの全般が好きで……あ、すみません」
「いえ、私も甘いもの大好きです。もしよければ食べてみますか? そのままで申し訳ないのですが」
甘漬けが入っているビンから顔を上げたサスティにサリーは尋ねた。
「い、いえ。陛下にもお出しするものですし、なくなっては困ります」
サリーの問いにサスティはぶんぶんと首を振り、余ったらいただきますと力強く頷いた。
そしてサスティは赤い実が漬けられているひとつのビンを手に取り、まじまじと見つめ首をひねる。
「これ、何の果物ですか? 見たことないような……」
「あ、それは花と一緒に成長する果物です。王城の、中庭にある……」
「中庭!?」
ぎょっとするサスティを見て、わずかにサリーは顔を青ざめさせた。
「き、きちんと許可はいただいております! この果物は生で食べることができなくて、甘漬けにしないと……へ、陛下には内緒なので言わないでください!!」
手を伸ばし、サスティの握るビンを奪わんとするサリーを何とか押し止める。背後にはたくさんのビンが並び、加えてテーブルがあるためこれ以上サスティが後ろへのけ反れば危険だ。
「……い、言わないけど……た、食べれるものですか?」
「た、食べれます。少ししか採れないので、そのビンに入ってるものが全部です」
戸惑いがちに頷いたサリーにサスティは少し考えるそぶりを見せてから、おもむろにビンの蓋を開ける。目を見開くサリーに構わず、甘漬けされた赤い実を一つつまんで口に放り込んだ。
「あ、おいしい。ちょっと酸味があるけど……ケーキに挟んでもおいしそうですね」
咀嚼して小首を傾げたサスティは、小さく声を漏らしてからにっこりとサリーに笑いかけた。
「これ、仁和様と陛下にお出しするお菓子に入れませんか? クリームたっぷりのケーキに合うと思います」
「だ、だめです! 中庭で採れたものを、仁和様と陛下にお出しするなんて……!!」
「ばれませんよ。大丈夫です、もし訊かれても買ってきたものだと言えば」
さらに顔を青ざめさせた彼女に、サスティはそれにと言葉を続ける。
「こんなにおいしいものを置いておくのはもったいないです」
「……もし怒られたらどうするんですか」
「陛下や仁和様が、こんなことでお怒りになられると思うんですか?」
「そ、そんなことは……」
きっと、二人は本当のことを知っても怒りはしない。
仁和とウィルは、優しいから。
「他に知ってる人はいません。――俺とあなたの、二人だけの秘密にすれば大丈夫でしょう?」
にっこりと、優しく微笑むサスティにサリーはきゅっと口元を引き締めて顔を俯かせた。
胸元を抑え、サリーは顔を上げて頷く。
「わかりました」
それに大きく頷き返したサスティは、再び並べられたビンたちに視線を移す。種類が豊富なそれらはまるで宝石のようだ。
「スワンと……他に何を作るんですか?」
「ケーキとパイと、他にはいくつか焼き菓子を作ろうと思ってます」
仁和が好んでいたお菓子はいくつか作るつもりだ。頭に描いたお菓子たちを言っていくと、サスティが苦く笑う。
「俺、お菓子作りしたことないんですけど……大丈夫でしょうか」
「だ、大丈夫です。教えるのはうまくないですけど、私も頑張りますから」
二人で顔を見合わせて苦笑すると、サリーは音を立てて自分の頬を叩いた。
「急ぎましょう。あまり時間がありません、マザーさんも帰ってこられますし」
「はい」
作る予定の菓子――特にスワンは一日寝かした方がおいしい。簡単な焼き菓子は当日作るとして、他のはすべて今日中に作ってしまいたかった。
サスティは意気込むサリーをどこか微笑ましげに見つめながら、また自身も彼女に言われた通りの作業をこなすため腕をまくった。
「ま、待って……!! サリー、どこ行くの!?」
ぐいぐいと、いつになく強引に背中を押されて仁和はぎょっとしながら肩越しにサリーを見やる。
「お急ぎください、もういらっしゃってるかもしれません!」
「だから誰が!? それにどこ行くの!?」
何をしようかと悩んでいた午後、昨日読んでいた本の続きでも読もうかと手を伸ばしかけた時サリーがおもむろに口を開いたのだ。
――ついてきてほしい場所があるんです。
どこかきっぱりとした口調に思わず頷くと、仁和を強引に椅子から立たせて部屋を出――今に至る。
「お楽しみです」
そう言って背中を押すサリーの口元は、楽しげに緩んでいた。
そしてたどり着いたのは、青々とした緑が目を奪う中庭だった。花は綺麗に咲き誇り、風はゆるやかに吹き心地がいい。
「……ウィル?」
中庭には白いテーブルと椅子が置かれていて、さらにはその椅子にウィルが腰かけていた。
飴色の髪をなびかせながらこちらを不思議そうに見つめている彼の後ろには、にっこりと微笑むサスティがいる。
「な、なに? どういうこと?」
サリーに椅子を薦められて腰かけると、仁和は侍女を見上げる。
「お茶会です」
「お茶会?」
はい、と頷いたサリーはサスティとともに城の中へ消え、そしてすぐにワゴンを転がしながら中庭へと戻ってきた。
ワゴンの上にはたくさんのケーキや焼き菓子が並んでいる。
「陛下と仁和様が最近満足にお話していないと聞いて……差し出がましいようですが、お二人でゆっくりと過ごして欲しいと思いお茶会を開かせていただきました」
「サリー」
「……サスティ。お前もか?」
ウィルは同じくこちらを見つめてくるサスティに問う。
その声は、決して怒っているものではなかった。
「はい。……というのも、彼女にその話をお聞きして。ならば、と思いお手伝いしました」
「そうか。――いや、ありがとう」
ふっと小さく微笑むウィルに、二人はほっと肩を下ろす。
「二人とも、ありがとうね。お菓子もこんなに作ってくれて」
おいしそう、と微笑む仁和にサリーはにっこりと頷いた。
「はい。どれも自信作です」
ワゴンからテーブルに乗せられていく菓子たちは、どれも甘くいい匂いを漂わせている。
小さく切り分けられた色とりどりの果物が練りこまれたケーキに綺麗な焼き色のついたパイ、クリームがのせられたものや可愛らしく型抜きのされた焼き菓子など、種類は実に様々だった。
バイキングを彷彿とさせるようなちょこんと皿に乗った菓子たちに、仁和は目を輝かせた。
「ね、二人も一緒に食べよう?」
では、と礼をして離れようとしていた二人は仁和の言葉に動きを止める。
「いえ、私たちは……本日はお二人にゆっくりお話ししてもらうためにと――」
「サリーとサスティとも話したい。それにこんなたくさんのお菓子、二人じゃ食べきれないよ」
ね、と手を引く仁和に困惑し顔を上げると、小さく頷くサスティが目に入った。
どうやら向こうもウィルに誘われたらしい。戸惑いつつも微笑む彼を見て、サリーは嬉しそうに微笑みはいと返事をした。
甘い香りが漂う午後。
隣に座ったサスティがよかったねと耳打ちし、サリーは小さく頷いた。
眼前にはたくさんの色鮮やかな菓子たちに目を輝かせる仁和と、それを微笑ましげに見つめるウィルがいて――和やかな空気の中、温かな日差しが柔らかくこの場を照らしている。
わずかに跳ねる鼓動は心地よく、そして新たに知った熱を胸に秘め隣に座る彼に声をかけるべく、サリーは口元に笑みを浮かべた。




