歌姫
大きな一本の木の傍で、艶やかな黒髪を揺らした少女がいた。
可憐な顔立ちはさぞ人目を惹くだろうと思われたが、彼女の周りに人の気配はない。
「久しぶりだったんだけど」
ぽつりとつぶやいた少女の視線は、一際目立つカルティア城に注がれていた。
白い服がなびく。
「いきなり現れたときはびっくりしたけど、よく考えれば妥当かもね。あれだけの憎悪を身の内に飼っていたなんて。十もいかない子どもとは思えないわ」
鈴を転がしたような声でそう口にする少女は、ふと肩越しに巨木を睨んだ。
「ねぇ。隠れてるなら出てくれば?」
「……君が怒るだろう?」
一瞬間をあけて返ってきた声に少女は肩をすくめた。
「何よ今さら。前は面倒くさいほど口出ししてきたくせに。……それに今は、少し機嫌がいいの」
「それはそれで怖いんだけどなぁ」
ぼやく声は男性のものである。溜息とともに吐き出されたそれを聞いて少女は木を睨んだ。
姿など現さなくてもわかる。
少女の嫌いな分類の人間だった。
「今日は何の用?」
「何って……最近君がいないから探してたんだよ。まさかこんなところにいたなんて。しかも、あんなに連発されちゃこっちが大変なんだけど……わかってる?」
「わかってるわよ。後でちゃんと直しとくわ。影響の出た範囲だけでいいのよね?」
「うん。……まったく、短期間でこんなに時空と空間を歪めるなんて異例だよ。ひやひやしたんだから」
深く息を吐き出す男が隠れている巨木から視線を外し、少女は体を反転させる。
目の前に広がるのは、不自由ながらも強くたくましく生きる民の姿と、それを支えるべく日々奔走している王が暮らす城。
「――楽しかったの。数百年ぶりの、お客さんで」
「……それはよかった」
「不思議な子にもあったわね。彼女、薄々気づいていたみたい」
へぇ、とわずかに驚く声が耳朶を打つ。
その声を聞きながら、少女は眼前に広がる光景に瞳を細めた。
数百年ぶりに、人と触れた。
憎悪と悲しみにまみれていたけれど、彼を取り囲む環境は温かい。
出会ってすぐの彼は痛々しいほどの憎しみに溢れ、今にも壊れてしまいそうだった。
その姿を思い浮かべ、少女はゆるりと口元を緩めた。
――今度は、違う形で。
憎しみと悲しみの中に沈んだ彼ではなく、彼自身が驚くほどの幸福を胸にして。
今度は違う形で、あなたと会いましょう。




