<31>
ぴくり、と少女のまつげが震える。
固く閉じられていた双眸がゆるゆると開き、少女は身じろぎした。
「……ん」
体にまとわりつく不快な感覚に眉を寄せ、少女――〝仁和〟は勢いよく起き上がる。
「ウィルっ……!!」
とっさにあたりを見渡してもウィルの姿はなく、がらんとしたただ広いだけの部屋がそこにあった。
揺れる瞳で視線を落とすと、血が滲み、いまだ濡れたままのドレスがある。そして、思わず息を呑むほど綺麗な蒼い石がはめ込まれた首飾りが胸元を飾っていた。
仁和は震える手で口を覆う。
すべて、思い出した。
ロイアが何をしようとしているのかも、ウィルが何を思っていたのかも。
「だ、め。ロイア……」
恨んでいたのだ、彼は。
両親を殺した兄であるウィルを。
「どうして。どうしてこんな……っ」
誰も幸せになれない道を、どうして彼は自ら歩もうとしているのか。
――俺は、君を恨んでるわけじゃない。
いつだったか、彼が言った言葉。そのあとに続いた、声にならなかった言葉を思い出す。
ごめん、と。
その謝罪の意味は――
「……これ。どうして……ここも探したはずなのに」
ベッドから飛び降りて扉へ向かおうとしたその瞬間、背後で小さな音がした。
反射で振り向き音の正体を探そうと視線をめぐらせ――仁和は呆然と呟く。
ベッドの下、シーツで隠れていた部分からわずかに突き出したそれは、見間違うはずもない自身の剣。
「誰が……」
いつ、誰が。
手を伸ばして柄に触れ、それを引き寄せる。両手で剣を握り、その重さに仁和は深く息を吸った。
「絶対、させない。ロイアを止めなきゃ」
水分を含んで重くなったドレスに眉をひそめながらも手早くベルトに剣を固定し、鞘から刀身を引き抜く。
それをしっかりと両手で握り、仁和は扉へ静かに歩み寄る。
外には兵士がいるはずだ。ドーリックが部屋に来た時に、少しではあるが見えたのだ。
数は一人。
武器を奪い、戦う力をなくした者相手であっても、いささか無用心すぎるのではないかと思ってしまう。
けれど今の仁和にとっては好都合である。
剣を構え、扉に手をかけ――鍵がかかっていたはずのドアノブが軽くひねり、仁和は目を見開く。
「鍵がかかってない?」
何の抵抗もなく回ったドアノブに息を呑み、仁和はそろりを扉を開ける。きい、とかすかに木が鳴り、扉との隙間からそっと顔を覗かせた。
扉のそばに人気はなく、わずかな灯りに照らされた長い廊下にも人の姿は見あたらない。
「どうして? 城を占拠したはずじゃ……それに、私の部屋を誰も見張ってないなんて」
あれだけの兵士で攻めてきたのだ。一箇所に集まるのはひどく息苦しいはずなのに。
「罠?」
警戒心を解き、その隙に襲おうと思っているのなら。
仁和はこくりと喉を鳴らし、ぐっと口元を引き締めて扉をさらに押し開いた。
考えていたって仕方がない。
誰かが自分の前に立ちふさがるのなら――すべて、その地に伏せさせるだけだ。
「まずはロイア……ううん、その前にウィルに知らせなきゃ」
剣を持ち直し、仁和は勢いよく地面を蹴った。
――どれほど眠っていたのかわからないが、城内は暗い闇に覆われている。
廊下に等間隔に置かれている灯りも、あまり頼りにはならなかった。
周囲に警戒心を張り巡らせつつ己の感覚と記憶を頼りに廊下を突き進むと、前方に小さな門を見つけて仁和は駆け寄る。
「鍵は!? 開いてる……!!」
がちゃりとした音とともに開いた門をはやる気持ちでくぐり――城の外へ出た仁和は空を仰いで目を見張った。
漆黒。
空を覆い、あたりを覆う闇は何をも隠してしまうほどである。
夜どころではない、深夜に近い時刻だ。
「兵士は寝てるの? 城を占拠しただけでずいぶんと余裕な……でも、門が開いてたのはたぶんロイアが……」
目を凝らしながら仁和は暗闇を進む。
カルティア城の背後には、大きな森がある。そこに踏み入り、目の前にちらつく枝や葉を避けながら駆け足で走った。




