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活気に満ち溢れた空気があたりを占める。
どこからともなく客引きの声が飛び、それに負けじと誰かが声を張り上げる。
そんなカルティア国の下町ではいつもより人が多く、賑やかだった。
「いらっしゃい! そっちの店で買うよりうちのほうが安いよ!! 今ならもう一つ付けて同じ値段だよ!」
「珍しいものならうちにおいで!!」
「そこの奥さん! 夕飯の献立が決まってないならこの魚がおいしいよ!」
その声につられて客が露店を覗くと、店主はいらっしゃい、と笑顔で答えた。
列になって並ぶ下町の露店には瑞々しく鮮やかな果物や他国から取り寄せ、そして流されてきた珍しい物、そして自国で採れた新鮮な野菜が所狭しと並べられている。さらには日保ちのいい魚の干したものや味付けされた肉、乾燥させた果物などは年中買い手がつくため、あちこちで売られていた。
珍しく希少価値の高い宝石が使われている装飾品に、それに合うような腕のいい職人が作ったドレスや靴など、実に様々な物がこの下町にはあふれていた。
「みんないつもより精がでてるな」
「当たり前だろ、みんな御触れを見たんだ」
そんな様子を眺めていた一人の男店主がぼそりと呟くと、それに応じた客の男がにやりと微笑む。
「――ウィル王が、婚約か」
「齢十四。ちょっと早い気もするが、婚約だしな。……相手は?」
「さあな。どこかの王女様だろ。結婚した時は顔見せるんじゃねぇの?」
首をかしげ、最近切っていない髪を掻く。いい加減切りに行けと、伸ばし放題の髪を見ては顔をしかめながらそう言う妻の顔を思い出しながら男店主は空を仰いだ。
国王が婚約したという話は瞬く間に広がり、次の日にはもうこの有様である。
下町が活気づくのはもちろんいいことであり、しばらく顔を見せていない国王にもようやく春が来たのだと、男店主は口元を緩めた。
「前国王と王妃が亡くなって……四年か。亡くなってすぐはウィル王、顔も見れたもんじゃなかったからな」
親が突然亡くなればそれも当然だろう。
王位を継いだときも顔を見たが、どこか暗く無表情であった。まだ親に甘える盛りで、これからも共に暮らしていくであろう両親を一気に失くした彼は、何とか周りに支えられてその場に立っているように見えた。
「そうだなぁ。でもよ、ウィル王もだがロイア王子なんか六歳だぞ。王の後ろにいるのを見たが、親が亡くなったこともろくにわかってないような顔だった」
自身も同い年の子どもがいる、客である男はそのときのロイアの表情を思い浮かべて痛々しそうに眉をひそめる。
「だが、それでようやく共に生きる相手が見つかったんだ。たとえ政略結婚でもな」
あの沈んだ表情をこれから見なくなるのであれば、政略結婚でさえいいものと思える。これからは一人で国を支えるのではなく、王妃となるであろう少女と共に国を導いていくのだ。
たった十四歳の少年が一人で国中の命を背負うのは、あまりにも重い。
「さ、何買って行くんだ? 子どもだちが待ってるんだろう?」
「ああ。早く帰らないと怒られちまう」
苦く笑って、眼前に並べられている優美な装飾品を手に取る。
小さいものから大きなものまで幅広く、また種類も形も豊富だ。色鮮やかな宝石が組み込まれている首飾りや指輪、宝石はないものの、細やかな模様や形に作られている銀細工は宝石に劣らない。
その横には子ども向けの玩具も並べてあるのだが、それには目もくれない男に店主は目を瞬いた。
「ん? 子どもにじゃないのか?」
「これは奥さんに」
すでに男の脇には何やら品物が入った袋が抱えられている。
素朴だが人目を惹く、銀細工でできた首飾りを手にした男は、たまにはねと微笑んだ。




