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打てば響く、まさにその言葉通りの反応を見せるニナに自然と笑みが浮かぶ。
たった今から婚約者となった彼女は渋々ながらも納得していた。
もっとも、最後は騙された怒りに震えていたが。
「陛下!!」
先ほど開いたばかりの扉が、今度は少し荒々しく開かれる。それと同時に聞こえた怒りが混じったような声と足音に、ウィルはちらりと視線を向けた。
「なんだ」
「なんだじゃありません! なんですかあの娘は!!」
「ジャンソン」
最近目立つようになってきた黒い髭にたくましい体格。伸ばされた黒髪を揺らしながら大股で近づいてくるのは、親衛隊副隊長のジャンソンである。
三十を少し越えた彼はいまだ一人身で、現在城にはいない上官である隊長はいたく心配していた。女を紹介しようにも、ジャンソンが乗り気ではなく、加えて女扱いが下手なのである。
二人きりで話せば話題に詰まり、共に歩けば一人で先に行ってしまう。男だらけの中で仕事をし、戦ってきた結果なのだろうが、女性に対してでも男と同じように扱ってしまうのではいただけない。
ぼんやりと、ウィルは怒りに眉を吊り上げる彼を見ながらそんなことを考えていた。
「昨日私がいないからって城を抜け出して、しかもあんな娘を連れてくるなど……!! それに婚約者にするというのはどういうことですか!」
「さすが早いな。どこから聞いた?」
「とぼけないでください! 陛下でしょう、城中の兵士や侍女に話を流したのは!」
こんなに些細なことで咎めるようになったのは、いつからだっただろう。
まだ幼少の頃――父と母が生きていた頃は比較的怒鳴ることもせず、その時はまだ副隊長ではなかったが国王である父の傍で彼や父を守っていた。
父の行動を咎めることもなく、短気な所は変わりがなかったが、こうしてウィルの日頃の行いにとやかく言うことはなかった。
「聞いてるんですか、陛下!」
「聞こえてる。そんなに怒鳴るな」
「陛下が軽はずみな行動をなさるからです! あんな、どこで生まれたかもわからないような娘を王の婚約者になど――」
「ジャン」
低く、短く発せられた言葉にぴたりとジャンソンの言葉がとまる。
「聞こえているといったはずだが。――ジャンソン、お前は何だ?」
「……親衛隊、副隊長です」
「そうだ。お前に国王がすることを止める権利はない」
蒼い瞳が細められる。
射抜くような視線を向けられたジャンソンはびくりと反応し、やがて小さく頭をさげた。
「……申し訳ありません。ですが、くれぐれも身勝手な行動はなさいますよう。王は国の基盤です」
「わかっている」
謝罪のあとに付け足された小言に呆れたようにため息とともに吐き出すと、ジャンソンは軽く眉を寄せて静かに部屋から退出した。
それを見届けて、ウィルはだらりと座っていた椅子の背もたれに体を預ける。
瞳を閉じれば、黒髪を揺らしながら眉を釣り上げる少女の姿がよみがえった。
物怖じせず、ただ真っ直ぐに剣を向ける姿と眼差し。
森で偶然出会った時は常に暗闇であったが、その強い瞳だけは変わらなかった。
「……ここに、いてくれるのか」
いて欲しいと言えば、戸惑った声でここにいると言った。
いきなりのウィルの変化に驚き、そしてなぜそんなことを言うのかもわかってはいないのだろう。
それなのに、ここにいると言う。
そう口にした彼女でさえも、自分がなぜそう言ったのか不思議に思っていたようだった。
「敵には容赦がないくせにな」
ふっと笑みを漏らすと、閉じていた瞼を持ち上げる。
最初にウィルのことを盗賊ではないだろうと言ったが、切っ先は今にでも彼の首を切り裂けるほどであった。
たぶん、敵であろう人には容赦をしないタイプだ。
「同じ、過ちを繰り返すかもしれない。――だが、今度は」
彼女となら、いける気がする。
揺れる瞳は何もない空間が映し出され、けれどウィルはただ真っ直ぐに空虚を見つめていた。
「母上。俺は、正しかったのでしょうか」
ぽつりと呟いた言葉は空気に溶け、やがて分散していく。
夢と現を彷徨っているような瞳は、どこまでも蒼が深かった。




