<6>
カルティア国はユーフォア大陸有数の大国である。
長い年月にわたって争われてきた戦いがようやく終止符を打ち、崩壊した建物はすぐに修復作業へと入って日常生活もほぼ戦争前へと戻っていった。
「……どこもかしこも、本当」
呆れるように息を吐き出し、仁和はゆったりと歩く。
ほぼ修復が完全となりつつあるカルティア城は、侍女と兵士が忙しなく動き回っている。その邪魔にならないように、仁和は壁づたいに歩いた。
ウィルの自室に出向き、そのまま部屋に帰るのもと思ってこうして城内を歩き回っているのだ。
「ここにいるなら道くらい覚えとかないと」
迷子にでもなったら困る。
ウィルがこれから用があると言って、断りたかったはずの護衛の件も言えずにいた。おかげでケトルは常に仁和の近くにいるがそれはそれで落ち着かない。
まぁこれでとうぶん迷子にはならないかと思い、等間隔に並んでいる高価な置物を素通りして中庭に出た。
ここにはもといた世界と同じく四季というものがあるらしい。温かくなり始めた風が心地よくて思わず瞳を細めた。
思ったより広かった中庭は緑で覆いつくされていて、よく手入れをされているのか生える草の長さは均等に保たれ、花は元気に咲き誇っている。
服を気にしつつも腰を下ろし、仁和はそのまま後ろに倒れこんだ。後ろで焦ったような声が聞こえた気がしたが構わず空を仰ぐ。
流れる雲はゆっくりで、心が癒される気がした。
まだここに来て二日しか経っていないはずなのに、長い間ここにいるような気がしてくる。
ふっと息を吐き出して起き上がると、横に音をたてずにケトルが座った。
「仁和様」
「ん?」
「そのような格好では風邪を引いてしまいます」
「うん。……でも、もうちょっとだけ」
風が吹いて草花が踊る。
穏やかな時間が心地いいと感じ始め、仁和はぽつりと呟いた。
「ケトル」
「はい」
「……歳、いくつ?」
「十九です」
「え、一個上!?」
驚いてケトルを見る。
歳が近いとは思っていたが、ひとつしか違わないとは。
少年というよりも青年に近い彼はその歳で護衛役を務めているのだ。
「あれ、二人で日向ぼっこ?」
「ロイア……王子」
のんびりと歩いてくるロイアに驚いていると、ケトルが素早く立ち上がって頭を下げた。
どこか飄々としていて、王子というには似つかわしい雰囲気を持っている彼は微笑する。
「ロイアでいいよ」
近づいてくるロイアに仁和も慌てて立ち上がる。
「ど、どうしてここに」
「んー? わかるから、かな」
「え?」
目を見開く仁和にロイアは近づいて、
「仁和のことなら――なんでも、ね」
ケトルには聞こえない声でささやくように言う。
至近距離と囁くような声色に驚いて仁和は体をのけぞらせた。その様子にくすりと笑い、
「ドレスじゃないんだね? クローゼットに入ってたのに」
「え? あ、あぁ……」
宝石をちりばめたドレスはどう考えても仁和が着れる代物ではない。あんな高価で派手なものを普通に着れる感覚にはどうしてもなれない仁和は曖昧に頷いた。
「あれは、ちょっと」
「似合うと思うんだけどなぁ。……まぁいいや、いつか着てるとこ見せてね」
ひらひらと手を振って、ロイアが踵を返す。
何をしにきたのだと首をかしげている仁和に、隣で佇んでいたケトルがそっとつぶやく。
「お仕事の休憩中でしたようですね。……いえ、抜け出したんですね」
隣で苦笑する気配がした時、どこからか現れた兵士がロイアを見つけて走ってくるとその逆方向に焦ってロイアが走り出した。
ロイアが右に逃げればその後を追う。繰り返される、まるでおにごっこのようなそれに仁和は苦笑した。
王子なのに、王子らしくないロイア。
いまだ少年のような彼に周りは手を焼いているのだろう。
ようやくロイアを捕まえた兵士は息も絶え絶えで、変わってロイアはけろっとしている。
「ロイア王子っ!!」
その光景を苦笑しながら見つめていると、怒鳴りながら男が廊下から走ってくる。
ロイアはその男を見つけるなりあからさまに顔をしかめて視線をそらす。
「また抜け出して……聞いているのですか、王子!!」
「あ~、もう。わかってるよ」
さんざん走り回ったのだろう顔を真っ赤にして怒鳴っているのは親衛隊副隊長のヘリックである。
動きやすい軽装であるが防御はしっかりと考えられた作りの甲冑に身を包んだ彼は、ため息を吐くロイアを連れて城内へと消えた。
何ともいえない光景に、仁和は再び城内へと戻る。何もいわずに付いてくるケトルとのんびり歩き、そしてふと、先程の光景を思い出して苦く笑う。
「兄弟でも全然違うなぁ……」
兄弟でもまったく違う二人。相反する性格のように思えた。
侍女に聞けば国王であるウィルは齢二十三。弟のロイアは十九らしい。その歳であちこち走り回るのはどうかと思う。
「もともとは、陛下もああいった感じではなかったのです」
「え、そうなの?」
仁和の独り言にケトルがどこか懐かしげに答える。
「幼い頃はよく楽しげに、お二人で遊ばれていらっしゃいました。俺は陛下に拾われ、間近で見ていたのですが――」
ふと、言葉を濁す。
何かを思い出すように細められていた目を、そっと伏せる。
そして悲しげにつぶやいた。
「今は――心を、病んでしまわれているのです」