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「ウィル様!!」
焦った声と同時に勢いよく自室の扉が開かれる。姿など見なくてもわかる、よく見知った声だ。
「ご無事ですか、ウィル様!!」
駆け込むように部屋の中に入ってきた少年に、椅子に腰掛けた状態のままウィルはちいさく息を吐いた。
「無事だ。怪我などないぞ」
「突然いなくなられてどれほどご心配したか……!! ロイア王子に執務室にいるとお聞きしてそちらに行ってもウィル様がいなくて! 今までどちらにいらしたんですか!」
「……ケトル。門番をする気はないか?」
「ありません! ウィル様のお傍にいなくては、いざという時に守れません!!」
ぐっと拳を握りそうな勢いで即答したケトルに軽く脱力する。
黒い髪に黒い瞳。服でさえも黒い少年は、日々ウィルを影から守っていた。それはもちろん助かっているし、以前と比べてなかなか腕が立つようになってきている。指導している親衛隊副隊長のジャンソンもなかなか見どころがあると言っていたくらいだ。
けれど、同じ十歳であるロイアと比べると、ケトルの方がやや幼いと感じてしまう。言動や行動のすべてが、少しずれているように思えるのだ。
「……ロイアの方が、あの歳にしては物分りがよすぎるのか?」
わずか六歳のときに両親を失ったせいか、気づいたときにはすでにあまり感情を表に出さなくなっていた。
城内を駆け回る姿は以前と変わらず、そして時にはいたずらをするところも無邪気なままだ。
なのになぜか、時々ひどく大人びて見える。
四歳も離れているはずの、ウィルと同じであるかのように。
「ウィル様? ご気分が優れないのですか?」
「……いや。お前ももう休め」
ぼんやりとしているウィルを心配気に見つめていたケトルから視線を外し、ウィルは椅子から腰を浮かす。
前王である父の部屋だったここは、ウィルが国王になったときからあてがわれたものだ。ほとんど以前と変わっていない家具たちは所々色あせ、けれどそれさえも味があるように思える。
ふと視線を落とすと、前とは違う絨毯が視界に映った。
数年前、真っ赤に染まった絨毯は父の側近たちが片付けたのだろう。
まさしく血の海といったようなその光景は誰もが息を飲むほどで、その中に佇んでいた自分はどう映っていたのだろうかと今更ながらに自嘲した。
目を瞑れば今でもここがあの時のままのような――そんな気さえしてくる。
「――ケトル。少女を一人連れてきた」
護衛である彼に背を向けてそう言うと、背後で息を呑む気配がした。何か言おうと口を開く前に、ウィルは下がれと身振りで告げた。
――明日になれば、彼女は何と言うだろう。
窓から覗く夜空に浮かんだ月を見つめ、ウィルは口元に笑みを刻んだ。




