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歪みの苑  作者: みづき
四章
57/82

<17>

 そして次の日も、青年は月明りの下で佇んでいた。

「今日もいるとは思わなかった」

 がさりと木々の擦れる音がしてニナがその方向を追い――たどり着いたのは昨日と同じ場所で、月の明かりに照らされる後姿もなんら変わりがなかった。

 ニナはすでに手入れの終っている、腰に携えた剣に手をかけつつ近づく。

「何してるの?」

「……お前こそ何してる。こんな時間に」

 じっと見つめていた月から視線を外して青年が振り向く。月光を受けて輝くのは飴色の髪と、深海を思わす蒼い瞳。

 月明りを浴びて輝く柔らかそうなその髪はより一層際立って見え、裾の長い、金糸で刺繍の施された白い服とあいまってどこか浮世離れした雰囲気がかもし出されている。

 その光景に、一瞬ニナは怯んだ。

「……こんな時間って、それお互い様でしょ。――それより、剣も持ってないのに森の中うろつくなんて何考えてるの。しかも夜に」

 夜の森は通常よりさらに視界が悪い。

 月の明かり以外光と呼べるものは何もなく、しかも重なり合った木々のせいでまともに光など入ってこない。こんな場所でもし盗賊になどに出くわしたら――昔から森を拠点としているニナならまだしも、普通の人ならまず間違いなく殺される。

「月を見に来てるだけだ」

「他のところからでも見えるでしょ。森じゃなくてもいいじゃない」

「……心配してくれているのか? 盗賊と間違えたのに」

「それはっ……!! 昨日も言ったでしょ! いきなり出てきたからびっくりして……!!」

 まだ根に持っているのか。

 くつくつと喉で笑う青年をきつく睨む。

 それについては昨日謝ったはずだ。確かに夜盗と間違えたが、それはほとんど彼が悪いのだ。

 あんな場所から出てくるとすれば、動物かそういう輩だとしかニナは認識していない。

「ここから見える月が一番きれいなんだ」

「……あんまり変わらないように見えるけど」

 わずかに開けたこの空間は月光が差し込んでいる。確かに、その光をあびながら月を見上げるというのはなかなかきれいなものだ。

 しかし、わざわざこんなところに来てまで見るようなものだろうかとニナは首をかしげた。

「それよりもお前……こんなところで寝てるのか? 宿はどうした」

 青年の問いに、ニナは目を瞬く。

「どうして森なんかで寝てる? 服も昨日もままだ」

 一歩踏み出した青年の手がニナの頭をかすめ、とっさに身を硬くした。葉がついている、とどこか笑いの含む声が間近で聞こえてニナはそれを振り払うように後退する。

「か、関係ないでしょ! だいたい宿代が高すぎるのよ!」

「高いか?」

 ニナの髪についていた葉を手に、青年は小首をかしげる。

「そうよ! 一泊があれだけって――」

 そう叫んで、ニナははっと我に返る。

「と、とにかく、関係ないんだから放っておいて。……もう帰る!」

「帰るのか」

「帰る!」

「……森にか?」

 笑いの混じった声が聞こえ、ニナはぴたりと足を止めて肩越しに青年を睨んだ。

 いちいち意地の悪い青年である。

「金がないのか?」

 そう言って小首をかしげる青年はよく見れば昨日とはまた違う、けれど同じくらい綺麗な刺繍の施された服を着ている。夜風になびく生地は肌触りがよさそうで、思わずどこの坊ちゃんだとニナが顔をしかめていると、

「俺のところに来るか」

「……え?」

 ぽかんと、青年の言葉に目を瞬いた。

「金がないのだろう? 宿に泊まることもできないほどに。なら俺のところに来ればいい」

「は、ちょっと――」

 何を言っているのか理解できないとばかりに口を開けたままのニナの腕を軽く引く。とっさに振り払おうと手に力を込めるも、細いと思っていた手は意外と力が強く振りほどけなかった。

「お、お金ならあるから!!」

「ほう、いくらだ? どうせ一泊すればすぐに底をつきるほどだろう」

 言葉に詰まったニナに青年が微笑する。

「図星か」

「……は、放してよ! どこ連れてく気よ!?」

「俺のところだと言っただろう。――これは預かっておくぞ」

 腰に携えた剣に手を伸ばしたニナの手よりに先に、青年が剣を奪う。

「ちょっと!!」

「カルティア国の国王がどんなやつなのか、気になっていただろう?」

「そうだけど、そうじゃなくて!! 剣返して! それは私の……!!」

「俺が国王だ」

「は!?」

「俺がカルティア国国王、ウィルだ」

 強引に腕を引かれ森を抜け、そして目の前に現れた巨大な城を背景にそう告げた青年に、ニナは固まった。

 下町からでもはっきりと見える王城。それは月光の光を浴び、禍々しさをかもし出しながらそこに存在している。

「ようこそ、カルティア国へ」

 冗談だと言おうとした言葉は、彼の後ろから国王と叫びつつ慌てて駆け寄ってくる男たちにかき消された。

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