<15>
アリエラのところから何も言わずカルティア国に来て数日が経った。
突然姿を消し、心配しているだろうかという思いが頭を過ぎったがそれを振り払い、初めて訪れたカルティア国にニナは圧倒され、人々の活気に慄いた。
下町の大通りへ行けば人の波ができあがり、視線を左右に投げればそこは行き交う人々に声を張り上げる人たちの露店が立ち並ぶ。
圧倒されるほどの光景は、今までに見てきた国の中で一番であった。さらに店を覗けば他では見たことのないような品が並べられ、ニナは思わず目を見張った。
見事なまでの銀細工も、新鮮でみずみずしい果物もさらには用途すらわからないような奇妙な形をした置物らしき物までもがずらりと並んでいる。思わず手に取ってみた物は四角く軽い、黒い物体だ。
「なにこれ?」
本体のような四角いそれに巻きつけてあるのは細い線のようなもの。しばらくあちこちを触ってみたが使い方がよくわからず、店主に聞いても返答はわからないと苦笑されるだけだった。
「……わからないもの売ってるの?」
もっともな感想が思わず口からすべると、店主である男が苦く笑う。
「それ、どこからか流れてきたものなんだよ。この国の物じゃないのは確かなんだがなぁ」
「へぇ」
くるくると巻かれていた黒い線が解け、ニナは慌ててそれを巻きつける。見たこともないものは興味をそそり意外と買い手がつくそうだ。
それでも実際使うことはなく、ただの置物と化すのだが。
ニナは再びあたりに視線を移し、目星のついたものを次々と見、店を冷やかしていた。
そして探索がてら森に紛れ込み――
「盗賊じゃなさそうね」
突如現れた目の前の青年にニナは剣を向ける。
見たところ服はかなり高価なものであるようで、飴色の髪は風になびいて柔らかそうだった。そして深い海を思わせるような蒼い瞳に驚くほど整った顔立ち。
吸い込まれそうなその瞳から視線をそらし、ニナは剣をそのままに問う。
「服はいいみたいだけど……誰? 何者?」
「……その前に、剣を下げてくれないか」
「いきなり斬りつけられたら困るんだけど?」
「いきなり剣を向けたのはそっちだろう。俺は危害を加えるつもりはない」
じっと青年を見つめ、ニナはすっと剣を降ろす。
けれど鞘には収めず抜き身で持ったままだ。もし油断させて斬ろうと思っているのなら、こちらは容赦しない。
「この国の人よね?」
「……そうだが」
「カルティアの国王って、どんな人?」
ニナの問いにわずかな沈黙の後、青年はぼそりと呟く。
「さあな」
「この国の人なら知ってるんじゃないの? 下町じゃ人が多すぎて聞けなかったのよ」
比較的治安のいいカルティアに長く滞在しようかと決めた。国王によってその国はよくも悪くも変わっていく。
ここは今までにニナが訪れた国の中で、上位を争うほどの国だろう。そんな国の王がどんな人なのか、知りたいと思ったのだ。
男はじっとニナの瞳を見つめ、口を開く。
「俺のことは知っているか?」
「え? 知るわけないでしょ、さっき初めて会ったんだから」
どこかで会ったっけ、と問うニナに首を振り、青年はわずかに口元に笑みを浮かべた。
「カルティア国の国王はそんなできた男ではない。――あまり、路地裏には行くな」
「え、ちょっ……」
止めようとしたニナを素通りして、青年はそれだけを言い再び森の中へ消えた。柔らかな飴色の髪が森の奥へ消えていくのを見届けて、ニナはちいさく眉を寄せる。
「……なんだったの、あの人」
見たところニナとそう歳の変わらない青年であった。
どこか大人びた雰囲気をかもし出す彼はそれでいて儚げな印象を感じた。
怪訝な顔をしながらニナは青年が現れた木々の奥に瞳を細める。
「……変人?」
下町では決して目にはかかれなかったような、派手で高価そうな服を着た青年がこんな森の中にいるなど。けれど、迷って森に入り込んだような気配はなく足取りもしっかりしていた。
すでに緑しか視界に映らないその森の奥を見つめ、ニナは真剣に首をかしげていた。




