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歪みの苑  作者: みづき
四章
54/82

<14>

 国王と王妃が亡くなったということを初めは驚きと悲しみ、そして不安に駆られていた民たちがようやく慣れ始め――それからさらに月日が経ったころ。

「兄上? ケトルが探していましたが」

「……あぁ」

 カルティア国の国王がウィル・ブレン・カルディーンになり四年が経った。わずか十歳の時に王位を継承した彼に民を含め皆が不安に思った。

 けれど十四歳となったウィルは、すでに立派な国王となり民の信頼を集めつつある。

 手元の書類に視線を落としながら頷くウィルに、第二王子であるロイアは目を瞬く。

「兄上」

「なんだ」

「ケトルが探していました。……すごい顔で」

 十歳となったロイアは身長も伸び、けれど相変わらず城内を駆け回っていた。

 教育係のスワナも、幼い頃からいた側近であるドーリックも、一向に落ち着きを見せないロイアに困り果てている。

「……真面目すぎるんだ、あいつは。拾った恩を返すためだとか言って。どこにでもついて来ようとするからこっちはたまらん」

 ウィルは書類に目を通しながら眉を寄せる。

 執務室の机には書類が積み重なり、それは日に日に増えていく。国王と王妃が同時にいなくなったことは国にとって予想以上の痛手だったらしい。

 前国王であるウィルの父と友好関係にあった隣国の王は、亡くなったことに心を痛めつつもこれからも関係を続けようと言ってくれた。

 しかしそうではない国もいて、前国王が亡くなったのと同時に貿易を絶とうと考えていたところもあったらしく、その国との交渉や掛け合いは思ったよりも大変だった。

 ここ一年前ほどにようやくそれが落ち着きを取り戻しつつあり、カルティア国は安定してきている。

「見回りのほうにでも行かせるか。……それか門番か」

 ウィルは遠い目をしてちいさく呟く。

 ケトルとはつい数年前、下町の路地裏で見つけた少年である。ロイアと同じ歳だった彼はすでに剣を片手に戦う術を身につけていた。

 親はいないのだと語っていた彼は、幼いゆえに兵士としても雇ってはもらえなかったのだという。

 剣を振るう姿はさまになっていたがどこか粗く、実践で役に立つと聞かれれば返答に迷う。そのせいか、見つけたときのケトルは体中に傷をつけていた。

 ――来るか、と手を差し伸べてしまった理由は当の本人であるウィルにもわからない。

 後ろに控えていた親衛隊のジャンソンらが揃ってだめだと言う声に耳を貸さず、ウィルはケトルに手を伸ばした。

「まさかこんなことになるとは……」

 ウィルの手を取ったケトルは言ったのだ。

 あなたを命に代えてもお守りします、と。

「ロイア、俺がここにいるというのは――」

「言いました」

「は……!?」

「だって、必死で探してるんですよ。兄上に何かあったらどうしよう――って」

 いつしかウィルと同じ飴色だった髪を黒に染め、苦笑する弟に思わず脱力する。

 護衛になると宣言した彼は所構わずついてこようとし、ウィルの身を守ろうとしている。

 けれどウィルにとって、ケトルにそんなことをしてもらうために手を差し伸べたのではないのだ。おかげでひとりになる時間はまったくといっていいほどなかった。

 だからたまにケトルをまき、ひとりの時間を確保する。

「今ごろ向かってるんじゃないですか?」

 どこか面白そうに笑うロイアに顔をしかめ、ウィルは手元の書類をざっと見渡す。

 今日やらなければならない分はもう終らせた。

「ロイア、しばらく戻らない。マリヤにも言っておいてくれ」

「……了解しました」

 ケトルがやってくる前に、執務室から出なければならない。

 そして彼の見つからない場所へ――ケトルがいては執務室にいる時でさえ傍に仕えようとするのだ。

 来たばかりのころはどこか見ている者も不安になるような剣術は、ジャンソンらに教えられ今ではかなりの腕前になっている。そのおかげか正式にウィルの護衛となった彼は、日々王を狙う輩を排除してきた。

 それには感謝している。

 けれど。

「戻ったら、また小言を言われそうだな」

 どこに行っていたのか、どうして俺を連れて行ってはくれなかったのですか――そう言うであろうケトルの姿が頭に浮かび、ウィルは苦く笑う。

 扉を開ければ兵士が二人立っており、行き先を適当にごまかしてウィルは廊下を突っ切った。

 歩き慣れた道を進むと生い茂る森の前にたどり着く。手入れの行き届いた中庭の奥、普段ならば人ひとり近づこうとしない鬱葱うっそうと木々が生い茂った森である。

 風に乗ってさわさわと踊る葉は人の侵入を拒むような雰囲気をかもし出していたが、ウィルにとっては慣れ親しんだ〝道〟であった。

 躊躇うことなく森に足を踏み入れ、複雑に絡み合う枝や葉を手で避けながら突き進む。

 やがて視界が開けたとき、剣の切っ先が視界を掠めた。

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