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ユーフォア大陸に大国と呼ばれるカルティア国が存在していた。
隣国との貿易も盛んに行われ、作物などが豊富にとれてさまざまな国から珍しいものや希少な物が流れ込んでくる国である。
そして長く平和に保たれ続けていた国でもあった。
カルティアの現国王と王妃が出会ったのは十数年前のこと。
「母上!」
少年は綺麗に磨かれた廊下を軽快に走る。人目もはばからないそうした行いは日々父や教育係から注意されていたが、年頃の少年には無茶な要求であった。
「母上!!」
笑顔を顔いっぱいで表し、飴色の髪を揺らした少年は細部まで優美な模様が刻まれた木でできた扉を開ける。
「あら、そんなに走ってどうしたの? また父上に怒られるわよ」
そう言いつつもどこか嬉しそうに微笑むのは少年の母であり現王妃だ。優雅に椅子に腰掛けたまま、息の弾んだ少年を見つめた。
「今は勉強の時間じゃなかった? ――ウィル」
「今日の問題がよくできてたから、スワナがいつもより早く終らせてくれたんです!」
「そう、頑張ったのね」
近寄ってくるウィルの頭を撫でて優しく微笑む。まだ成長途中のウィルは、次第に身長が伸びつつあった。
「九歳だものねぇ。早いわ」
男の子の成長は早いわねと、微笑ましくも寂しく感じてしまう。あっという間に、自分の身長すら追い越してしまうのだろう。
「母上、今日は調子がよろしいのですか?」
「――あら、どうして?」
きょとんとウィルを見る母は、じっと見つめてくる彼に小首をかしげた。瞳を覗き込んでくるような少年の姿に、ウィル、と呼びかけようとしたとき、
「いえ、なんでもありません」
と、ウィルが首を振る。そして、目を瞬く母ににっこりと笑って見せた。
「母上。今度スワナにお菓子作りを習おうと思ってるんです。何が食べたいですか?」
「お菓子? ウィルが作ってくれるの?」
頷くウィルに笑みが深くなる。
「ウィルが作ってくれるなら、なんでも嬉しいわよ」
「じゃあ、スワナに一番おいしいお菓子を聞いてきます!」
言うか早いか、ウィルは音をたてて扉の奥に消えた。
「あらあら。スワナに怒られなければいいけど」
教育係のスワナは日常生活のウィルの行動にも厳しく注意していた。
おそらくウィル様がお菓子作りなんて、と彼女は言うのだろう。けれど彼はそんなスワナに真っ向から反抗するのだろう――そんな様子がありありと浮かんで、母はくすりと微笑んだ。




