<7>
暗く染まった闇の中で、ひときわ赤い花が咲いた。
次第に増えていく花は確実に目の前の男の命を削っていく。
けれど、男は剣を振るう腕をとめない。本能か、あるいはプライドか。
腕を赤く染まらせた男の振った剣を軽く弾いて少女はその腹へ剣の柄を打ち込んだ。
「ぐっ……」
前のめりになった体はそのまま地面へと倒れこむ。そのまま動かなくなった男の口元へ手をかざし、息をしていることにほっと安堵の息を吐いた。
血に濡れた剣を払って鞘に直し、少女は闇に染まった空を見上げる。
以前より伸びた髪がなびく。季節が移り変わっていくと同時に、少女は前よりも同じ場所に留まっているのが難しくなった。
――時が過ぎ、たった十一歳で両親を失い、孤独な旅をすることとなった少女は十三歳となっていた。
幼かったときとは違い、次第に変化していく体は年頃の丸みをおびたものへと変わっていく。それに比例して、十歳すこし過ぎた少女が一人で旅をしているということもあり、前よりも男たちに絡まれる回数は増えていった。
舐めるような視線も、濁った瞳に込められる思いも、どこかへ売り飛ばそうとしている男たちの視線は気味が悪く寒気がするものだった。そのすべてを一蹴し、伸ばされる手を振り切ってここまで生きてきた。
「……」
少女はずいぶんと軽くなった袋に視線を落とす。
すでに二年の月日が経ち、切りつめて使っていたお金は底をつきようとしていた。
どうしようかと思案しながら少女が顔をあげようとしたとき、
「あなた、大丈夫!?」
と、焦った女の声が暗く染まったあたりに響いた。
駆け寄ってきた豊かな体の女は、少女の前に倒れこむ男を見て息を呑む。
「あ、あなた怪我は!?」
血に染まった男を見て女が血相を変える。
「え、あの」
「この辺は夜お金を狙った男たちが出るのよ! あぁ、とにかくうちにいらっしゃい!!」
まくし立てられ口を挟む隙もなくなった少女はなかば引きずられるようにして女の後を追う。
そしてわずかに服についた返り血や、あんな場所に一人でいた少女を疑うことなく女は家に招いた。一瞬警戒した少女に女は遠慮しないでと言って強引に家の中へ押し入れる。
「お腹はすいてない? その前にお風呂かしら。ここにいればもう大丈夫よ」
忙しなく動く女は呆然と立ち尽くす少女に微笑んだ。
自分に危害を加えるつもりなのかと身構えていた少女は、家の中に漂う温かな空気に体の力を抜く。
常にあたりを警戒し、すぐさま逃げられる準備をしているのが彼女の習慣となっていた。体に染み付いた習慣はこんなときでも発揮するらしい。
「……疑ったり、しないの?」
ぽつりと、いつの間にかそんなことを呟いていた。
あの場の惨状を見れば、誰しもが最初に彼女を疑うだろう。なのに目の前の女はそんな素振りすら見せない。
「あなたが、あの男を斬ったの?」
「……っ」
言葉に詰まった少女に、ふっと女は微笑んだ。
「だとしても、あなたは悪くないんでしょう? あなただけじゃないのよ、被害にあった人は。最近ひどくてね、知り合いの一人娘も狙われたって言ってたわ」
それに、と女は続けた。
「死んでないんでしょ? さっきちょっと動いてたから。なら大丈夫よ、ああいう人たちはしぶといから」
「……」
「あなた、このあたりの人じゃないでしょ?」
そう言いあてられて、少女は俯き加減だった顔をあげる。
「このあたりの人はね、あそこには近づかないから。もしかして、そんな歳で旅でもしてるの?」
少女がいたのは、森の近くにある草原であった。草原といっても森に囲まれており、ほとんど見分けのつかないようなところだが。
女は台所へと向かい鍋のふたを開けて火をつけた。ふわりと香る匂いにつられて、少女のお腹が悲鳴をあげる。
「――話の続きは、食事をしてからにしましょうか」
家の中と同じくらい温かく微笑む女に、少女はこくりと頷いた。
腰に携えた剣をとって、勧められた椅子に立てかける。次いで深く座りほっと息をつく。
「はい、どうぞ」
ことりと音を立てて置かれた皿には野菜たっぷりのスープが置かれ、さらに焼いた肉と野菜の入った皿が置かれた。テーブルの真ん中にはかごに入ったパンも添えられている。
「おかわりもあるから遠慮しないで食べて」
にっこりと微笑む、おそらく一人で住んでいるのだろうこの家の主に促され、おずおずとスプーンを握る。スープを口に運ぶと、懐かしい味が口腔いっぱいに広がった。
じわりと視界がにじむ。
涙をこぼさないよう唇を噛むが、少女の意思に反して溢れた涙は頬を伝う。
その様子に慌てた女がおろおろとしているのが視界の端に映った。
「……すいません」
「――いいのよ。なにかあったんでしょう? ゆっくり食べて」
柔らかな口調が耳朶を打ち、さらに涙が溢れる。いままで我慢していたものがせきを切って溢れだしたように次から次へと涙が頬を流れていく。
しゃくりをあげてスープを口に運ぶ。体を包むような温かさに安堵する。
鼻をすすりながら、少女は出された食事を平らげた。




