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歪みの苑  作者: みづき
四章
46/82

<6>

 それからの生活は、とてもいいものではなかった。

 できるだけお金を使わないように、宿に泊まるのは最初の一度きりくらいであった。それも一番安い場所を探すため、あちこちを歩き回り怪しげな男たちに捕まりそうになったことは一度だけではない。

 それ以降は怖くて宿を探すこともできずにいた。

 少女は身を隠していた木々の隙間から顔を出す。

「行った……?」

 足音が聞こえないことにほっと息を吐き、剣の鞘を掴んでいた手を放した。

 生きた心地のしない日々。

 これならまだ、あの父に脅えていた生活の方がよかったのではないかとすら思えてしまう。

 彼女の生活の主な場所は森となっていた。

 それでも長く同じ場所には留まれず、色んな場所へ移動してきた。

 少女はベルトから剣をはずして目の前へ持ち上げる。

 剣を抜いたのは一度もない。見つかりそうになっては逃げ、そして隠れての繰り返しだった。父を殺した時の感触は今でもこの手に残り、それを思い出すとどうしても剣を抜くことができなかった。

「おい! いたぞ!!」

 突然男の声が聞こえ、びくりと少女は体を震わせる。

 とっさに隠れようとした少女よりも早く、声を上げた男が木々を掻き分けた。

「ここだ!」

「うわ、マジでいんのかよ」

「噂は本当だったわけか」

 現れたのは、全部で三人。その全員が腰に剣を下げ、薄汚れた服に身を包んでいる。見るからに不精そうな男たちだ。

「……へぇ」

 にやり、と男たちが笑う。

 それにぞっと寒気がし、少女は慌てて踵を返す。背後は木に埋もれ、思うように進めず伸びた枝が体を傷つける。それでも構わず追ってくる男たちから必死に逃れようと足を動かした。

 けれど、ちいさな少女が大の男たちに敵うはずはなく、すぐにその腕に捕らえられる。

「やっ……!!」

「手間取らせんなよ」

 暴れる少女をいともたやすく森の中から引きずり出す。

「やめてっ!! 放して……!!」

 品定めでもするかのように少女を見下ろす男たちに寒気がする。

 どこへ行っても、たいして変わらなかった。

 逃げた先にも同じような男たちは必ずいて、決して逃れられないのだと知った。

「いくらで売れると思う?」

「磨けば結構いけるだろ」

「なんだよ、すぐに売るのかよ。――味見くらい、させてくんねぇの?」

「ばっか。どう見ても十そこそこだろ」

 下品な笑い声がいやに耳につく。

 気持ちが悪い。

 人のことを人と思っていないような男たち。

「あ?」

 少女は渾身の力で腕を振り払う。少し緩められていたのか、なんとか男の束縛から逃れて後退する。

「おい、ちゃんと掴まえてろよ」

「お嬢ちゃん。今からあんたは売られるんだよ――傷物にしたくないなら大人しくしてな」

 薄汚れた男を睨みつける。

 震えた手で腰携えた剣の柄に触れた。それでも手を伸ばしてくる男の手を跳ね除ける。

「触らないで!」

「こいつ……!!」

 抵抗する少女に苛立ったのか、一人の男が剣を引き抜いた。

 ――剣はね、人を守るためにあるの。それは、あなた自身も含まれてるのよ。

 ふと脳裏に母の言葉がよみがえる。

 このまま死ねば、母と同じ場所へいけるのだろうか。

 けれど。

「おい、傷つけんなよ! 売り物だって言ったろ!」

「うるせぇ! だいたいなんで剣持ってんの見逃してんだよ!!」

「こんなガキに扱えるわけないだろ」

 こんなところで、こんな男たちに殺されたくなどなかった。

 こんなことのために、今まで必死に命を繋ぎとめてきたわけではない。

 少女は剣を構え、男が背後を振り返った瞬間飛び出した。懐へともぐりこみ、剣を突き上げる。しかしそれに気付いた男に切っ先をずらされる。けれど少女はそのずれた剣をそのまま斜めに振り下ろした。

「……っ」

 男がちいさくうめく。

 隙だらけだったわき腹がじわりと赤く染まる。

「――てめぇ!!」

 斬りつけられた男がぎらつく瞳で少女を射抜く。手に残る感触にちいさく震えていた少女は、それでも構わず男たちへ剣を振るう。

 残りの二人も同様に剣を引き抜き、森の一角はすでに戦場と化していた。

 少しくらい傷を負わせてでも少女を捕まえんとする腕を逃れ、向けられる剣を避けさらに剣を振るう。

 母に教えられた剣術を駆使して剣を振るっていると、自然と体が動くようになってきていた。幼いころから握り締めていた剣の感触が手に馴染み始める。

 小さい体を生かして懐へと入り込み、深く腹へ剣を突き立てる。じわりと服に染み渡る赤い鮮血が剣を伝って地面に滴り落ちた。

 崩れる男に目もくれず、少女は呆然とする男たちに向かって剣を薙ぐ。

 最後の一人が倒れるまで剣を握り締めていた少女は地面に咲く赤い花に唇を噛んだ。

 手に残る感触は決して忘れられるものではなく、けれど同時にそうしなければ己を守る術はない。

 苦しげにうめき声をあげる床に伏した男たちから少女は視線をそぎ、森の中へ駆けていった。

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