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「ん……」
目が覚めたのは、空腹なのを知ってからだった。
鼻腔をくすぐる匂いが部屋に漂っているのを知り、少女の腹が限界を訴えたのだ。
少女はゆるゆると目を開け、見慣れない古びた天井が視界に映ると、今までのが夢ではないのだと知った。
母はもう、いないのだ。
泣き疲れてぼんやりとする頭で干しておいた服を着、腫れた目を冷やすように顔を洗った。そして剣と袋を持って下に降りる。
「……起きたか」
男店主の座っているテーブルには湯気を立てているスープとパンが置かれていた。下に降りるにつれ匂いが鮮明になっていたのは、それのせいだったのだろう。
こくりと頷く少女に男は向かいの席を指した。
「座れ」
「え?」
「朝飯だ。……一人では食べきれない」
テーブルに並べてあるのはどう見ても二人分だ。
少女はじっと向けられる視線に慌てて椅子に腰掛ける。それに満足したのか男も深く座りなおした。
目の前の温かみのある匂いを漂わしているスープを見て、ちらりと店主を見上げた。
「食え」
「……い、いただきます」
木製のスプーンを手にとってスープを口に運ぶ。空腹だった少女のお腹にじわりと染み渡るその感覚に、なぜか再び涙が出そうになってぐっと堪えた。
それを見ていた店主は何も言わず自分の食事を再開した。
「……服」
「え」
「服、どうした」
少女は自分の服装を見下ろす。一応洗ったものの、薄く残っている部分はいまだ赤黒い。
「あ。勝手に洗って……」
「それはいい」
「……」
「安めの服なら、ここを出て二番目の角を曲がったところにある」
きょとんと、少女は店主を見つめた。
「ありがとう……ございます」
どうやら、悪い人ではないらしい。
ぶっきらぼうな口調だが、人のことはきちんと見ている。少女にはあえて何も聞かず、男はただそれだけを言ってまた食事を再開する。
男に言われた場所をしっかり覚え、少女もまた温かなスープを口に運んだ。
――もう一泊していかないのか、という男の言葉に首を振って、少女は宿を出た。
そして言われた店へ足を運び比較的安く動きやすい服を買い、さらに日持ちのする食べ物と乾燥したパンを購入する。
店を出ればすでにかなりの人が通りを歩いていた。
剣を腰に下げ、お金の入った袋は見えないように腰に固定する。それを確認して顔を上げ、少女はふと思った。
どこへ行けばいいのか、と。
母はもういなく、父もいない。さらには帰る場所すらない。
いまさら家に帰ったところですでに死んだものとされているかもしれない自分を、誰が引き取るかと大人たちが困惑気味に話し合う姿が目に浮かぶ。友好的だった近所の人たちもいるが、家族ではない自分がそこに入り込めば次第と雰囲気が悪くなっていくのはわかっていた。
「どこ……に……」
どこに行けばいいのだろう。
お金もいずれは底をつく。働くとしても、こんな少女一人を、ましてやろくに仕事もできないような者を雇ってくれる場所などない。
行き交う人々が視界に映る。
少女を待っていたのは、あまりにも酷な現実だった。




