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家を出てからたどり着いたひとつの町は住んでいた村よりも大きく、灯りもずっと多い。
見渡しても人はほとんど見あたらず、皆家の中に入っているようだった。並んで建つ家から漏れる明かりがそれを物語っている。
少女は向けられる奇異の目から避けるように道の端を歩き、ふと目に付いた建物にふらりと近づく。
宿屋である。
隙間から漏れ出す灯りにほっとし、少女は剣と袋をぎゅっと抱いて木製の扉を開けた。
「……」
がらりとした店の中はとても宿屋とは言えそうにないものだった。初めに目に付いたのは、部屋の真ん中に置かれている大きな木でできたテーブル、そしてカウンター。
二階へと続く階段に視線を向け、次いで横に滑らせる。
「……っ」
ぴくり、と少女の肩が震えた。
無人と思えたカウンターに、中年であろう男が佇んでいたのだ。
「入ってこないのか」
ぶっきらぼうな声色に慌てて少女は宿屋に入り、扉を閉める。直後、体を包む温かさにふっと力が抜けた。
「あ、あの」
「泊まるのか」
髭を生やし、前髪にかかるほどの黒髪をした店主が問う。それに頷くと、男が階段の方を見やる。
「部屋は二階だ。金は前払い」
握り締めていた袋から言われたぶんのお金を出し、店主に渡す。部屋の鍵を渡されると少女は二階へ駆け上がった。
二階には二つしか部屋がなく、もうひとつの部屋は誰も泊まっていないようだった。ほっと安堵の息を吐き、少女は鍵を差し込んで部屋へと足を踏み入れる。
小さい部屋ながらもベッドとちいさなテーブル、そして別の扉を開けるとお風呂まであった。
ここまでずっと歩き詰めだった足でふらふらとベッドに近づいて腰を下ろし、傍に剣を立てかける。そして、ようやく自分の容姿を見てはっとした。
着ていた服は血で赤黒く染まり、乾いた所はばりばりとしている。誰のかわからない血――それは、母の血も含まれていた。
視界が歪み、それを堪えるように少女は立ち上がって浴槽にお湯を張って自分が入るのと同時に服を洗う。透明なお湯が赤くなっていくのを何回か繰り返したところで服を絞り、干しておく。これなら明日には乾いているだろう。
そして自身も浴槽に浸かり、深い息を吐いた。
体全体に染み渡る温もりに、思った以上に体が冷え切っていたことに気付く。まだ暖かい時期だとしても、さすがに夜は冷えるらしい。
――そこからはもう、あまり覚えていない。
浴槽を出てベッドに倒れこみ、泥のように眠っていた。




