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すでに世界が闇に包まれようとしているころ。
少女はあたり一面森しか見えない場所を歩いていた。
血に濡れた剣を鞘に入れてそのまま持ち、片手にはぼろぼろになった袋を抱えて家を飛び出したのは小一時間ほど前。
せめて母だけでもお墓に入れてやりたかった。けれどあの家での騒動はすぐに人に見つかるだろう。
助けを呼ぼうと思わなかったわけではない。
呼べば、しかるべき対処をしてくれるに違いない。きちんと母を埋葬し、ありがとうと言って見送りだせる――でも、少女にはなぜかできなかった。
「お母さん」
言葉に嗚咽が混じる。
逃げろと言ったとき、頭を撫でてもらった感触が今も残っている。自分でそこを同じように触れるとさらに涙が溢れた。
腕に抱えている袋には、お金が入っていた。
今までの生活は裕福ではなかったが、とりわけ貧乏なわけでもない。けれど、その生活からは考えられないほどの額のお金が入っていたのだ。
きりつめれば二年は暮らせるだろう。それも、幼い少女一人ならなおさらである。
「お母さん」
迷子になった子どもが母を捜すように、少女はどこかに呼びかけるように呟く。
もとから、こうなることをわかっていたかのようだった。
――母は、知っていたのだろうか。
いずれはこうなることを。そして、自分だけを逃がせるようにと。
剣術を教えたのもそのためか。
少女は剣を握り締める。
もはやたったひとつの母の形見となったそれ。あとは、己の中に刻んだ剣術。
どこをどう歩いたのかわからず、ただひたすら前に進んでいたとき、前方にわずかな灯りが見えた。
温かな灯り。
「ま、ち……?」
包まれるようなその灯りの中に、少女は吸い込まれるように入っていった。




