<14>
腹部に鋭い痛みを感じて息を呑む。
違和感のような鈍い感覚にゆるゆると目を開け、仁和は顔を動かした。
どうやらベッドに寝かされているらしい。
ふわりとした肌触りのいいベッドが体に馴染む。あたりを見渡して、仁和は起き上がった。
「城の中?」
ベッドと調度品以外ほとんど何も置かれていない部屋。けれど、その広さは普通ではなかった。
おそらく、ウィルの部屋と同等か、それより少し下。それだけの広さをもってしても、ここの部屋はただ寝るためだけに考えられているようだった。
はっとしてベッドから降りようとし、自分の格好を見てぴたりと止まった。
雨に濡れ水分を含んで重くなり、そして血が雨によって滲み赤黒くなっているドレス。改めて見てみると、ひどい状態だった。
しかし剣によってドレスの切り裂かれた部分――腕には包帯が巻かれ、きちんと手当てされている。
「……どういうこと?」
それを手で触れ、ぽつりと呟く。
そして先ほどの戦いが脳裏に過ぎり、仁和は眉を寄せた。
すべてが紙一重でかわされるか受け止められるかで、致命傷となるものだけを的確に避けていた。それは、仁和の剣を知っているようであった。
けれど自分は今まで剣を使ったことなどなく、もとよりこの世界の人間ではない。
わからないことが多い。
ウィルに対しても、この世界に対しても。
ちいさく息を吐くと、はっとしたようにドレスの胸元を探る。指先にあたったそれを掴み、ドレスの中から取り出した。
深海を思わす蒼い石がはめ込まれている首飾り。それを確認して、仁和は首飾りを握り締めた。
直後、湿気を含んだ木製の扉がちいさく軋んだ。開け放たれたその扉に佇んでいた人物に仁和は驚愕する。
薄暗闇の廊下を背後にして立つ者も、また黒く染まっていた。
「お目覚め?」
口を開こうとし、耳朶を打ったその声色に、その表情に仁和はぞくりとしたものが背中に走ったのを感じた。
そして、倒れる直前の光景が頭を過ぎる。
剣を振り上げ、猛然と微笑むネウスを刺したのは目の前の少年であった。そしてまた、仁和を気絶させたのもこの少年。
「――ロイア」
相変わらずの黒に染まった髪を揺らしながら小首をかしげる影、ロイアはひどく冷たい瞳をしていた。
「どう、して……? 助けてくれたんじゃないの?」
ここはカルティア城だ。
捕まった身でああも敵に占拠された城内を自由に動けるはずがない。厳重に警備され、逃げ出せぬよう拘束されているはずである。
なら、どうして彼がここにいるのか。
「兄上は、一緒じゃなかったんだね? 一緒に来るかと思ってたんだけど」
「……ウィルは……ジャンソンたちと」
ロイアの言葉に、呆然と言葉をつむぐ。
でも、彼は殺されそうになった自分を助けてくれた。親衛隊に属していたネウスがカルティアを裏切っているのを知っているのかは定かではないが、危険にさらされていた自分を助けてくれたのだ。
けれど、同時に仁和の腹を打ったのもロイアであった。
矛盾したそれに仁和は困惑する。
ロイアは敵から逃げ出してきたのか。なら仁和と一緒にあの場で逃げ出せばいい。こんな場所で隠れていなくてもいいはずだ。
考えがまとまらず、何が起こっているのかも正しく理解できていない仁和に彼は冷ややかな瞳を向けるだけだった。
「まだわからない?」
「わかる? ……なにを」
「そう。――まだ、思い出さないんだ」
「思い出す?」
こつりと靴音が響き、ロイアがそっと仁和の髪に触れる。びくりと揺れる彼女に微笑した。
「何を言ってるかわからない? まぁ、それは俺のせいでもあるんだけど」
「……ロイア」
「苦しめようとしても、上手くいかないもんだな。……どうすれば、俺と同じ悲しみを味わえると思う? 絶望を、味わえると思う?」
仁和の瞳が困惑に揺れる。
目の前の少年が、ひどく暗い、深い場所にいるように感じられた。誰にも届かないような場所。
そしてロイア自身も、そこから出ること望んでいない。
一生その深い闇の中に身を投じるつもりなのだろう。
「前に、君を傷つけるつもりはないって言ったよね? それは本当。――でもさ、笑ってたんだよ。初めは、違うと思ってたのに」
「ロイア!!」
仁和はロイアの腕を揺さぶる。
そうしなければ、彼がどこか遠い場所へ行ってしまう。そんな気がした。
「ああすれば、いいのかとも思ったけど……結局だめだったし」
ぽつりと呟くロイアは薄く笑う。
「苦しめばいい。――死を、願うほど」




