<13>
石造りの柱が並ぶ広い空間まで足を踏み込み、仁和は立ち止まる。
あたりはしんと静まり返っていて物音ひとつ聞こえなかった。
「誰にも会わなかったっていうのが、逆に怖いけど」
抜き身の剣を握り締め、仁和が呟いた。
森からここに来るまでの途中、誰にも出会わなかったのだ。城内をうろついているであろうと推測していた兵士らも見当たらず、不気味なほど静かな廊下に仁和は眉を寄せる。
そのとき、視界に何かをかすめはっとして振り向いた。
視界に掠めたのは、黒い何か。
「――ロイア?」
ひらりとなびく服はウィルかロイアしか考えられず、そしてそれ以外はすべて防御に徹した甲冑に身を包んだ兵士たち。思わず追いかけそうになった仁和は一歩足を踏み出して立ち止まった。
「あれ、あんたひとり?」
物音ひとつせず現れた眼前の男が首をかしげる。
その人物に目を見開く。
「あ、あなた――ネウス? なんで、こんなところに」
笑った口元から除く八重歯はひどく印象に残る。防御より素早さを特化した作りの甲冑を身に纏った男は、親衛隊のネウスであった。
現在カルティアの兵士らは戦える者すべてが森に集まっているはずである。
「なんで、か。……そういう〝姫様〟も、なんでこんなところにいるんですか?」
取ってつけたような敬語がぞわりと背中を撫でる。
簡単に信用してはならない男。
そう仁和の中で記憶されているネウスは手に持つ剣をちらつかせた。
「せっかく逃げたのに――まぁ、これもあいつの考え通りか」
「に、逃げたって……そういうあなたこそ――」
「あぁそうだ。姫様の探しているものなら、ここにはいませんよ?」
「……っ!?」
「どこか、深い檻の中にでもいるんじゃないですかねぇ?」
「ネウス、あなた……裏切ったの!?」
「裏切る? 俺はもともとこの国の人間じゃない――ただの傭兵だ」
腰に携えた剣を引き抜くネウスはそう言ってにたりと笑った。
ひどく不気味な笑顔。
「そうそう。俺、もともとはクラリド国の人間なんですよ」
その言葉に目を見開く。
瞬間、剣が閃いた。
仁和はとっさに剣をかざしてネウスの剣を受け止める。仁和の持つ剣とそう変わらないような細い剣なのに、衝撃が驚くほど重い。
金属の打ち付けあう音が響き、仁和は向かってくる剣を流して後方へ飛んだ。
水分を含んだドレスは重く、その分動きも鈍る。けれどそれよりも、あの男の動きが早かった。
身軽な動きで避けながら振り上げられる斬撃は重い。
仁和は剣を構えなおして床を蹴る。腕を狙った攻撃は避けられ下から剣が振り上がる。けれどそれを紙一重でかわし、仁和は脇を狙って剣を突くように振るう。
「……っ」
床に赤い花が咲く。
しかしそれもごく小さな傷しか与えられていなかった。
再び距離をとろうとした瞬間、ネウスの剣が空気を薙いだ。
剣が弾かれバランスを崩す。
とっさに足に力を入れて踏みとどまろうとするが、ついで剣を弾かれ体が後方へと傾く。
ぐらりと揺れる体に目を見開いた仁和の視界に、笑うネウスの顔が映った。
振り上げられる剣に視線が釘付けになる。
けれど――仁和はそのネウスの背後に振り上げられるもうひとつの剣を見て目を見張った。
注がれる視線にネウスも気付き、振り向いて驚愕の表情を浮かべている。
もう一度足に力を入れて何とか踏みとどまり、顔をあげたときにはすでにネウスが地面に倒れていた。
一瞬のできことだった。
ネウスの背後に影ができ、その影が剣を振り上げる――なんのためらいもなく。
背中を血に染めた男から視線を外し、
「……どうして……?」
と、仁和は呆然と呟く。
血に濡れた剣を持つ少年がこちらに顔を向ける。
「どうして? ――ロイア」
刹那。
腹部に鈍い衝撃が襲い、仁和は床に崩れ落ちた。




