<12>
「これは……」
地面に寝かされたサリーに、グランディは呆然と呟く。
紺色の服はぐっしょりと血に染まり、そして対照的に蒼白となった彼女の顔。
「敵にやられた。……グランディ」
「はい――かなり深手ですが、なんとかなるでしょう。最善を尽くします」
実はカルティア国の宮廷医師でもあるグランディは頷いた。
仁和は安堵の息を吐く。
背後への警戒を怠ったが故の事態だった。あのあとも数人の兵士に会い、サスティやウィルたちのおかげでなんとか切り抜けられた。
けれど場所は知られているはずだ。
あまり長くここに留まってはいられない。
「陛下、こちらは問題ありません。皆さんのところへ行ってください」
「頼む」
ウィルに呼びかけられ、仁和ははっとして彼の後ろについていこうとし――けれど立ち止まりグランディに向き直って、
「よろしく、お願いします」
と、頭をさげた。
皺のある目元を細め、グランディは安心させるように微笑んだ。
「――サスティ。サリーを守ってあげて」
血に濡れたサリーの顔を眉を寄せて見つめているサスティに声をかける。
「はい」
しっかりと頷いたサスティに微笑し、グランディにもう一度頭をさげて、仁和は先を行くウィルのもとへ駆けていった。
「陛下」
木々を掻き分けてジャンソンが手で促した先には、余分な木が刈られ、円のように開けた空間があった。そしてそこには、カルティア国の紋章を刻んだ甲冑を着込んだ兵士がいた。
傷を負ったものの軽症ですんだ者、運よく無傷だった者などたくさんの兵士らが集まっている。
もともと多いとは言えないカルティアの兵士だが、そのほとんどがここに集まっているといっていいだろう。
「戦える者は皆集まりました。――陛下、敵はクラリドです」
ジャンソンの言葉に目を見張ったウィルの隣で、仁和も絶句する。
「クラリド!? でも、それって……」
クラリド国は、カルティアとの約一年間にもわたる戦いを経てようやく終止符を打ったのだ。
ついこの間まで戦いあい、そして和解したというのに――なぜ。
「現在クラリド国の国王へ使者を出しています。ですが、ここまでくればこちらも保身にまわっていられません」
城に乗り込んだ兵士は桁違いの数である。その状態で、敵が本気で、しかも確実にカルティア国を落とそうとしているのは明らかだった。
「……ロイアが連れて行かれたのは、俺との交渉のためか?」
たった一人の弟を人質に取れば、王はやってくると思ったのか、それができなかった場合第二王子である彼を殺せば確かな打撃になると思ったのか。
ウィルは眉を寄せ、息を吐いた。
「わかった。ジャンソン、へリックを呼べ」
その言葉ですべてを理解したのか、ジャンソンは頷いて踵を返す。
「ケトルは、仁和の傍に――」
「それはいらない」
ウィルが名を呼んだ瞬間現れた漆黒の彼に、仁和は首を振る。
「仁和……!?」
淡く微笑む仁和を見て彼女が何をしようとしているのかを瞬時に察したウィルが蒼い瞳を見開き、ケトルが困惑した表情をする。
「ですが、仁和様。この現状で守りがないのは危険です」
そう言うケトルに仁和が静かに問いかける。
「あなたの今の主は誰?」
ぴくり、と護衛である彼の肩が揺れた。
「お願い」
「……御意」
一瞬の間の後、ケトルが静かに頭を垂れる。
その姿に、仁和はちいさく微笑んだ。
「ありがとう」
仁和が踵を返そうとしたとき、腕を強く掴まれる。それが誰の手であったのか、仁和は知っている。
「ウィル、大丈夫だから」
「……ひとりで行くな」
「ロイアを見つけてくるだけだから。大丈夫だよ」
「もう少し待てば、兵の構成を決まる。それからで――」
「私、戦えるから」
「そういう問題では……!!」
「ウィル」
仁和は振り返り、ウィルの瞳を覗き込んだ。
深い蒼色の瞳が揺れている。
見えるのは、動揺と焦り――そして困惑。
「帰ってくる」
呟いた言葉に、ウィルの肩が揺れた。
そして数秒の間のあと、ウィルが仁和を腕の中へ抱きくるむ。
一瞬硬直した仁和も、そっと体の力を抜いた。
「……絶対、帰って来い。――帰ってこなくとも、迎えに行くがな」
「――うん」
腕の中で頷いた仁和に、ウィルは名残惜しそうにゆるゆると腕を放す。
仁和はそのまま振り返らずに森の中へと走っていった。




