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歪みの苑  作者: みづき
三章
32/82

<7>

 広々とした空間――広間には、王の婚約を祝って訪れた者たちが談笑していた。

 皆が帰ろうとしたときにはすでに雨が本格的に降り始め、雷まで鳴り始めていてとりあえず雨がゆるくなるまで城にいるということになった。

「王もまた、突拍子もないことをしてくれたな」

「婚約者の娘はどこ出身かもわからないそうじゃないか」

 さまざまな分野で活躍している者たちは皆こぞって顔をあわせ、同じような話を交し合っている。

「国王は何を考えているのか……血迷ったことでも考えているのではないだろうな」

「しかし、何も正室でなくともいいだろう。側室に寄こせばよかったものを」

 カルティア国は血を残すことを先決とする。

 たとえ名家の娘でなくとも、身分のあやしい者でない場合は血が残せれば万々歳とされるのだが、あくまでそれは側室という意味である。

 正室は基本名家の娘であり、子ができなくとも側室との間に子がなせればいいとされるのだ。なのに、その正室がどこから来たのかもわからないような少女だという。

 それには皆が反論し、気の迷いだの一時の感情だ、もう一度考え直せなど、中には自らの娘を王妃にと言ってくる者もいた。

 しかしそのすべてに国王――ウィルは断固として考えを変えなかった。

 異常なまでの執着。

 それに対して疑問を抱く者は少なくない。

「……女にうつつをぬかし、国が傾くことにならなければいいですがね」

 ひとりがぽつりと呟き、周りがやれやれという風に首を振った。

 広間の中心でそんなことを囁きあっている者たちを、遠くから見つめている人影が二つ。

「兄上、言われていますよ」

「あぁ、そうだな」

 話の中心にいる男は、その嫌味を含んだ言葉を苦笑とともに聞いていた。

 ウィルの隣に佇むのは、カルティア国第二王子にして、彼の弟であるロイアがいた。

「――兄上」

 瞬間、雷鳴が響き渡る。

 近くに落ちたか、と思ったのと同時に広間の明かりが消え一瞬で視界が闇に染まった。

 ウィルは目を見開き、隣にいるはずのロイアに視線を移す。しかし彼の姿は見当たらず、ウィルはちいさく舌打ちした。

 ざわめきは波のように広がり、先ほどまで談笑していた者たちがうろたえる気配がする。

 このままでは視界が悪い。

 どうにか視界が開けるのは、雷が鳴った一瞬の間だけだ。

「どうなっている」

 本来ならば、すぐに灯りがつけられるはずだ。

 眉を寄せながら辺りを見渡し――突然生まれた大きな音にぴたりと動きを止める。

 次いで、また何かの音がする。

「なんだ?」

 がちゃり、と金属音のようなものが耳朶を打つと、ぐぐもった声と続けて何かが倒れる音。

 暗闇の中では目が利かず、さらには足元までもが不安になってくる。

 刹那、轟音が鳴り響く。

 眩しいほどの光が音とともに広間を照らし、ウィルはその現状に目を見張った。

 ――前方に、血に染まった人が倒れている。そしてその横には、大剣を握った兵士らしき人物が一人。周りの人々はその惨状に気付いたのか、ざわざわとした話し声はすぐさま悲鳴に変わった。

「陛下!!」

 肩に重みがかかったのと同時に、ジャンソンの声が鼓膜を揺らす。

「申し訳ございません、いきなり何者かに――」

「ジャンソン」

「……何者かが侵入しています。すでに対処に当たった兵士もいるのですが、敵の数は不明――」

 ジャンソンの言葉を遮るかのように、鈍い金属音が響く。

「逃げるなよ? 抵抗した奴から殺すぞ」

 雷が落ちるたびに、その光にあたって輝く血に濡れた剣を男は突き立てた床から見せ付けるように持ち上げる。

 さっと出口に視線をめぐらすが、どの扉もすでに男の仲間らしき者がいた。

 各扉は三人ずつ。

「……いけるか、ジャン」

 小さくかけた問いにジャンソンは頷く。

 この場合は民間人の避難が優先だ。

 通れる場所を用意し、すばやく民を逃がす。

「どうせ狙われるのは俺だ」

 ウィルは遠ざかる部下の背中を見つめ、呟いた。

 自分が広間に留まれば、無駄な被害を増やさずにすむだろう。

 ジャンソンは避難のしやすい、できるだけ大きめの扉に目星をつけその前を陣取る兵士に突進した。他の親衛隊は合図をしなくてもすぐに数人が加勢しにやってき、さらに民間人を守る為に動く者や他の扉へと向かう者がいる。

 それを見てわずかに口元を緩め、すぐに引き締まった表情で剣を鞘から抜いた。

 振られた重いジャンソンの剣に、受け止めた兵士が小さく唸る。男は剣を横に薙ぎ、続けて攻撃に転じようと剣を振るう。

 しかしそれよりも速くジャンソンの剣が男の腹部を斬りつけた。

「っ……」

 男が崩れ去る瞬間、視界に何かが飛び込んできてジャンソンはとっさに剣を目の前にかざす。

「!?」

「おいおい、もう少し足止めできねぇのかよ」

 鮮血を床に滴らせながら崩れている兵士が守っていた扉から、ぞろぞろと新たな兵士が広間へと入ってくる。

 その先頭に立つ男は、手に持った槍を床に放り投げた。

「これはっ……」

「ま、いいけどさ」

 親衛隊隊長は他の扉にも視線を走らせ、そして息を呑む。

 すべてだ。

 すべての広間に通じる扉からどんどん兵士が侵入してきている。

 それを目の当たりにした親衛隊の兵士がうろたえるのを見、ジャンソンは舌打ちした。

 ――どうなっている、とウィルは胸中で呟いた。

 門はすべてに門番がいる。しかもそれは城の内側におり、外部からは絶対に開けられないはずである。そしてそれは、不審人物が城の中へ入れないことを意味する。

 城の内側から、門を開ける以外は。

「……城の中に、通じる者がいるのか?」

 だとすれば、この城内全体にすでに敵がいると考えた方がいいだろう。

「仁和」

 彼女は、無事だろうか。

 あまり見ない彼女の笑顔が、なぜか鮮明に思い浮かんだ。

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