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城の外は前が見えないほどの雨が降り、遠くからごろごろと雷の音が聞こえてくる。
「このままでは帰れないでしょうね」
ぽつりと呟いたサリーに、仁和は項垂れていた顔をあげた。
「まだ誰かいるの?」
下町の人はすでに皆帰ったと聞いた。
「はい。今日は婚約のお披露目のようなものもかねていますので、色んな方が来られているのですが――この雨では」
一瞬でも外に出ればずぶ濡れになってしまう。おまけに視界も悪い。
王の慶事を知ってやって来た、さまざまな分野で活躍している偉人たちは広間にいるという。王の婚約自体はいい話しなのだが、その内容がすこぶる悪い。
これがどこかの王女なら皆の反応も変わっただろう。
ここへやって来た偉人たちは、そんな蔑みの言葉を交わしているに違いない。
「サリー、着替えていい?」
せっかくウィルに会えたのに、婚姻の話を断ることすらできなかったと深く息を吐き出した仁和はドレスの裾をつまむ。
仕立てはよく着心地はいいのだが、いつまでも着ていられるようなものではない。惜しげもなく散りばめられた宝石も、足元に入った切れ込みもすべて仁和にとって堪えられるものではなかった。
「せっかくお綺麗なんですから、もったいないですよ!」
どうやらサリーは着飾れた仁和を気に入っているらしい。
「お、落ち着かないんだけど!!」
「大丈夫です。とてもお似合いです」
どこかうっとりとしたその口調に仁和の顔が引きつる。
ドレスはひとりでは着替えられない。
どうしても着替えたいのであれば、サリー以外の侍女を呼ばなくてはならないだろう。それはなんとなく気が引けて、仁和は諦めて椅子に深く腰掛けなおした。
――同時刻。
まだ夕方だというのに雨のせいで視界が悪い。
国王の慶事を聞きつけ訪れた者たちは皆広間で談笑しているのだろう。中には、カルティア国の無様に落ちぶれる様を見ようとやってきた者もいるはずだ。
闇の中甲冑に身を包んでいる彼の仕事は、門を守ることである。それはこの城を守ることを意味するのだが、毎日平和で特にすることがない。
だらしなく片手に持っている槍に寄りかかるようにして男は立っていた。
その視線の先――薄暗い廊下にゆるりと影が動く。
迷いのないその歩きは、暗闇など関係なく歩ける人物なのだと知れた。
「……誰だ」
影が門の一つへと近づくと、その前に佇んでいた男が口を開く。
しかしいつまで経っても相手の返答はなく、門番は苛立ったように問いかける。
「誰だ。今日の祝いにやってきた者か? それなら今は外に出ないほうがいい」
闇の中では目が利きにくいのだろう。
門番の男は目を細めて相手を探した。けれど物音一つせず、静寂が不気味に感じられる。外は前が全く見えないほど雨が降り、遠くから雷の音がかすかに聞こえてきていた。
しかし今はその音すら耳に届かず、不気味と感じるほどの静寂が廊下を包んでいた。
――刹那。
低くうめく声が耳朶を打つ。
それが己の声だと気付いたときにはすでに胸に深々と剣が刺さっていた。
頑丈だができるだけ軽く作られたその甲冑は傷つけられる隙間などないようなつくりである。しかしその必然的にあるわずかな隙間――鎧の繋ぎ目を確実に捉え、深く抉ったその鋭い剣。
男は目を見開き、眼前に佇む影に視線を向け口を開こうとするが再度襲ってきた衝撃に音をたてて床に倒れた。
甲冑の繋ぎ目に入り込んだそれは、暗闇の中で不気味に輝いていた。




