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歪みの苑  作者: みづき
一章
3/82

<3>

 有無を言わされぬまま連れてこられたのは、丘の上から見えた王城だった。

 短く命令した男の傍にいた兵士が仁和を捕らえたのだ。

 突然の出来事が重なって混乱した少女を捕らえるのはさぞ簡単だっただろう。抵抗する気もないと判断した兵士は己の腕だけで彼女を拘束した。

「手荒な真似は嫌だったんだが……腕は痛くないか?」

 客室と思われる場所に通されるまでさんざん好奇と警戒の目で見られた少女は、さぞ値が張るだろうソファに座っている。

 そう命令したのは、紛れも無く目の前の男である。

 ふわりとした髪を揺らして男はちいさくかがむと、間近に迫ったその顔に仁和はびくりと揺れた。

 城に来る時もずっと腕の中にあった鞄をさらに抱きしめて、覗き込んでくる瞳から逃げるように視線をそらす。

「顔色は悪くないな」

 それに気を悪くした様子もなく、男は安堵したように呟いた。

 仁和はきつく鞄を抱きしめる。

 ここに来て予想は確信へと変わった。

 ここは違う。

 異国の土地だと、仁和の直感が告げている。

 では、ここはどこなのか。

「――名は?」

 思考の波にとらわれていた仁和は唐突に問われて顔を上げる。

 深海を連想させる綺麗な蒼い瞳に捕らえられ、仁和は無意識に後ろへ身を引いた。

「あ……」

 言葉は通じている。

 そのことに少なからず安堵して、仁和は迷うように口を開いた。

「……仁和。高浜仁和」

「仁和か」

 そう男が呟いた時、

「失礼します、陛下」

 控えめなノックに続き、年老いた男が部屋へと入ってくる。真っ白な服で身を包んだ男は仁和を視界にとどめ、細い目を僅かに見開いた。

「グランディ」

「この方がですか」

 上から下まで舐めるように眺め、年老いた男――グランディは陛下と呼んだ男にちらりと視線を移す。

「陛下」

「なんだ」

「……いえ。どうなさるおつもりですか?」

「お前は?」

 質問したのに逆に問われ、グランディは困惑したように瞳を伏せる。

「私にはどうにもできません。ですが、野放しにはできないかと」

 目の前で交わされる不可解な会話に、仁和はわずかに眉を寄せた。

 ――言葉は通じている。相手が何を言っているのか、こちらが言っていることもわかる。

 けれど、日本語ではない。

 自然と口から出る言葉は言い慣れた日本語である。

 けれど、どこかがちがう。

 使い慣れたはずのその言葉はわずかにずれ、奇妙な音へとかわる。

「なんで、私……」

 そうつぶやいた言葉はやはり違い、別の言葉として耳に届く。

 昔から、知っていたような気がした。

 使い慣れた、もう一つの母国語。

「仁和」

 その瞬間、不意に名を呼ばれてはっとすると、

「部屋に案内しよう。サリー」

 男は最初の言葉を仁和に、後の言葉を扉に向かって声をかけた。

 え、と驚く前に、ずっと扉の前にいたのだろう黒い髪をした一人の少女がしずしずと扉を開けて入ってくる。少女はちいさく男に礼をして、仁和に視線を移す。

「あの、こちらの方は?」

「しばらくこちらで預かる。部屋に案内してやってくれ」

 男はそう言ってひらりと踵を返す。呆気にとられていた仁和は我に返り、遠ざかる男に声をかけようとして――失敗した。

「初めまして、サリーと申します。ウィル様に任せていただいたので、頑張りますね!」

 少しずれたことを言って微笑む少女――サリーに手を取られ、仁和は半ば引きずるような形で客室を出る。

「ちょ、ちょっと! あの!?」

 仁和はここに連れてこられて始めて抗議の声を口にした。けれど、その声も虚しく心なしうきうきとしているサリーは構わず廊下を歩く。

 助けを求めて肩越しに振り返っても部屋にいたはずの年老いた男はいつの間にかいなくなり、仁和は困惑した瞳で辺りを見渡す。長い廊下には何人もの人が行き交い、ここには存在しないであろう制服姿の仁和を奇妙な目で見つめていた。

 行き交う人は皆そろってやはりおかしな服を着ていて、目の前を歩くサリーも同じ服。制服姿である少女が浮くのも当たり前だ。

 仁和はそんな視線から逃れるようにして、極力目立たないようサリーの後ろに隠れるようにして歩いた。

「着きましたよ。このお部屋です」

 幾度か廊下の角を曲がって案内されたひとつの部屋。

 扉を開けて中に入るよう促され、仁和は迷うようにして足を踏み入れた。

「しばらくここを使うようにとウィル様が。ええっと……何か入り用のものは?」

 サリーの言葉が耳に入るが、返事をする気にはなれない。

 仁和は目の前の光景に絶句していた。

 広々とした部屋の中には大きな天蓋付きベッド。テーブルに細やかな模様が刻まれた椅子と、可愛らしくも上品な小さな棚から大きなクローゼット。調度品や置いてあるものすべてが輝いて見える。

 それほど、ここにあるものはすべて金がかかっていた。

 初めに通された客室も凄かったが、ここの比ではない。

「な、なにここっ……!?」

 好奇心でひとつのクローゼットを開け――仁和はちいさな悲鳴をあげる。

 普通に暮らしていたなら、決して目に触れないような宝石が惜しげもなく散りばめられたドレスがずらりと並んでいた。

 どこのパーティーに行くんだと言いたくなるようなレースやフリルが何のためらいもなく流れるように飾り付けられていて、中にはざっくりと胸元や足元が開いているものまである。色も白から紫と幅広く、けれどそれはどこか統一感があった。

 さらにはドレスが並んである下に数え切れないほどの装飾品が所狭しと並んでいる。

「ここにあるのはすべて自由に使ってくださって構わないとのことです」

 サリーの言葉にぴくりと顔が引きつる。

 これをどう使えというのだ。

 先ほどから妙にふわふわとした足取りのサリーがおもむろに姿勢を正し、

「私は最近ここへ来たのでいたらないところもありますが、精一杯頑張らせていただきます!!」

 と、宣言というよりも叫びに近い声でそう言って、勢いよく頭を下げた。

「え、あの」

「陛下――ウィル様に仕えていたのですが、今回あなた様がいらっしゃったので、あなたの侍女として任されることになりました。……えっと、お名前を」

「あ……仁和、です」

 若干引き気味の仁和には気付かず、サリーは満面の笑みを浮かべた。

「仁和様ですね。私のことはサリーと呼んでください」

 では、とサリーは体を反転させてクローゼットを開く。確かそれは、先ほど見ていたあのクローゼットだ。

「まずは御召しかえを、ということですのでお好きなものをお選びください」

 にっこりとそう言い切ったサリーにまた仁和の頬が引きつっていくのがわかる。

 もういい。

 この際、ここがどこなのかとか、どうしてここにいるのだとかはどうでもいい。

 それよりも、だ。

「これ、着るの……? だ、誰が?」

 ひとまず疑問は頭の隅に追いやって、仁和は恐る恐る問う。

「もちろん、仁和様です」

 はっきりと――予想していた答えが返ってくる。

「な、何で私!? っていうかなんで着替えなきゃ駄目なの!?」

「その服では目立つからと、ウィル様が」

「ウィルって誰!!」

「先ほどいらっしゃった男の方です。ウィル様はカルティア国の国王陛下でいらっしゃいます」

「国王――!?」

 次から次へとぶっとびたくなるような話だ。

 だが、これでひとつわかった。

 国王ということは、ここは確実に日本ではないのだろう。外国という可能性が高い。

 どこまで本当かはわからないが、とりあえず目の前の女は害があるというわけではない。

「ささ、お選びください」

「わ、私はこのままでいいです!」

 そんな派手な、いくらするかもわからないような服など着られない。もし傷でもつけてしまったら――そう考えるとぞっとして、仁和は両手をぶんぶんと振る。

 それを見て、おそらく仁和と同じくらいの歳であろうサリーは困ったように眉を下げた。

「ですが、そのお姿では目立ってしまいます」

 そこで、はたと気付く。

 今年最低気温になると言われていたため、完全防備で学校へ向かったのだ。マフラーはもちろん、厚手のコートも着ている。さらには叫んだせいか室内が暖かいせいか、額にうっすらと汗が浮かんでいる。

 少し暑いと感じ始めていた仁和はとりあえずマフラーをはずした。するとそれを了承と受け取ったサリーはいそいそとクローゼットに向き直り、並べられたドレスを選んでいく。

「え、あの、ちょっ……!!」

「はい?」

 ドレスを漁る手を止めて、きょとんと振り返る。

「……他の、ありますか」

「他のですか? まだクローゼットはありますので、そちらもどうぞ」

 広い部屋にはいくつものクローゼットが置いてある。

 どちらにせよこのままでは明らかに浮いてしまうと考え、仁和はしぶしぶクローゼットを開けていく。

 けれど、目に入るのはすべて同類のもの。

 なぜドレスしかないんだと内心ぼやきつつ次のクローゼットに手をかけ中を見ると、仁和は目を瞬いた。

「あれ?」

 開けてみるとさきほどまでのドレスとは違い、質素なつくりだった。

 宝石はごく最小限。レースもフリルもあまりなく、胸元の装飾も少なく派手なものではなかった。

 これならまだいいかと思いひとつのドレスを取る。

「ああ、それは生地が一級品で、とてもいい生地ばかりを使っているので装飾は少なめにと……生地のよさを引き立てるように作られたものですね」

 いくつかのドレスを見ていたサリーの言葉に仁和はちらりと視線を落とす。

 確かに生地はいい。そっと触れると、滑るような肌触りのいい生地だった。

 一級品ということは、かなりの値段がするのだろう。だが、先ほどの宝石ばかりのドレスよりはましだと思う。

 そんな庶民的な考えで仁和は頷いた。

「じゃあ、これで」

「お似合いですよ。お着替え、手伝いますね」

「え? い、いいです! 自分で着れます!!」

 いくら女の人であっても、着替えるところを見られるのは恥ずかしい。

「ですが、そういうわけには――」

「大丈夫です! 着方がわからなかったら、聞きますので!」

 そう言う仁和の言葉に困った顔をしたサリーはしぶしぶ頷いて、何かあればお声をかけてくださいと言い残し部屋を出た。

 扉が閉まるのを確認して、仁和はほっと息をつく。

 無駄な体力を使ってしまった気がする。

「これも高い、よね……」

 選んだ一枚のドレス。シンプルなつくりだが生地は一級品だ。

 しかし制服のままでもいられない。そう思って仁和は制服を脱ごうとして――一瞬動きが止まった。

 ずしりとした、ブレザーのポケットに感じる重み。

「携帯」

 仁和は見慣れた携帯を取り出し、連絡できるだろうかとそれを開く。

 けれど、その期待もむなしく画面は真っ暗だった。

「充電切れてる……!?」

 唯一の頼みの綱だった。

 親にでも連絡ができればここの場所を調べてもらい、迎えに来てもらえなかったら自力で帰れるよう案内してもらおうと考えていたのだ。

 仁和はがっくりと肩を落とす。

 深いため息とともに携帯を閉じ、ブレザーのポケットに入れた。

 そしてひとまず、着替えようと再び服に手を伸ばした。

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