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歪みの苑  作者: みづき
三章
28/82

<3>

 ぼんやりと、暗雲に覆われていく空を見上げていた。

「雨……降りそう」

 そう遠くないうちに雨が降るだろう。

 曇り始めた空はどんよりと重く、それを見ていると気分までもが沈んでいく。

「仁和様?」

 突然聞こえた声にはっとし、仁和は前方に視線を移す。

 広く切り開かれ、奥には小さな小屋のようなものが建っている。

 いつの間にか訓練場まで来てしまっていたらしい。ぼんやりと空を見上げて歩いていたせいで、自分がどこを歩いているのかわからなくなっていた。

「他の人は?」

「もう終りました」

 近づいてくるのは、仁和と歳が近いであろう少年――サスティ・アランである。

 聞けば、十七歳らしい。

 まだ十代である彼は、立派に兵士を務めている。中でもサスティは群を抜いて剣術が上手く、将来を期待されているらしい。

 国王陛下の護衛を勤めたいと以前話していたサスティは、日頃の訓練にも手を抜かない。

 線が細いのに凄いなとサスティを見つめていると、ふいににっこりと彼が笑う。

「婚姻、なさったんですよね?」

「え?」

「おめでとうございます」

 小柄だが並ぶと自分より身長の高い彼に深々と礼をされ、仁和ははっとして首を振る。

「婚姻なんてしてないから!! だ、だいたい、私話も聞いてないし納得してないんだけど!」

「ですが、城内の人はみんな知ってますよ」

 仁和は絶句した。

「国民への御触れも出たと」

「な――」

 事態が悪化している。確実に。

 それよりも、その中心にいるであろう自分に何も聞かされていないのはどういうことなのだろう。

 婚姻の話は今日聞かされたはずだ。

 なのに、すべてが勝手に進んでいくと、結婚する相手は自分ではないのかと思ってしまう。

「……仁和様は、陛下のことお嫌いですか?」

 ぴくり、と仁和の肩が揺れる。

「嫌いでは……ないけど」

 サリーと同じ事を聞くサスティに、仁和は視線をそらす。

「でしたら問題ないですよ。――大丈夫です。陛下となら必ず幸せになれます」

 ふわりと微笑む彼は本当にそう思っているらしく、仁和はそれ以上何も言えず視線を落とした。

「そろそろ中に入ってください。雨が降りそうです」

「え、まだ大丈夫じゃない?」

「だめですよ。風邪でも引いたらどうするんですか」

 優しく、けれど有無を言わせないような手つきで仁和を城内へと導く。

「僕はまだ少し用があるので、失礼します」

 城内に入ったことを見届け、小さく頭を垂れたサスティはまた訓練場へと踵を返した。

 その後ろ姿を見つめ、仁和は深く息を吐き出した。

 サスティのように、陛下との婚姻を喜んでくれる者もいる。しかし同時にあの二人の兵士のように不満や反感を抱く者も存在するのだ。

「そのへんわかってるのかなぁ」

 もしかすれば、国王への信頼さえも失われるかもしれないというのに。

 国は国王を基盤に動いているが、王がいれば国が回るわけではない。信頼する部下がいて、そして己を信頼してくれている者たちが動いてくれているからこそ、国は回っているのだ。

 その者たちがいなくなれば、国を存続することすらあやしい。下町の民の生活も危ぶまれ、大国と謳われたカルティア国はみるみるうちに落ちぶれていく。

 そうならないためには、国王がしっかりと導いていかなければならないのだ。

「今やってる会議でその話題に触れて……取りやめにでもなってくれるといいんだけど」

 散々周りから反対され、ウィルの気持ちが削がれればそれが一番いい。

「姫様」

 肩を落としていると、ゆるりと目の前に男が現れる。

「……誰?」

「あれ、もしかして知らないんですか? 俺のこと」

 にやりと笑う男はあまり武装していなかった。主要部分だけを守るような防具は、一見軽そうだがしっかりとしている。

 腰に携えた剣も、兵士が持つような大きく頑丈なものではなかった。

「陛下の後ろにいつもいたのに。親衛隊のネウスですよ、姫様」

 形容しがたい笑みを仁和に向ける。

 弧を描いた口元からは八重歯が覗き、その表情が不気味に感じて思わず後退した。

「親衛隊? でも、親衛隊はそんな甲冑じゃ……」

 知っている親衛隊の甲冑が見るからに重そうな、動くだけで音のする頑丈そうなものだ。

「俺は別なんですよ。昔からいたわけじゃないし、腕を買われて入っただけなんで。動きやすいからこれがいいって、その時の条件に付け加えただけです」

 黒髪を揺らし、わずかにネウスが近づく。

 仁和は身じろいだ。

 敬語で話しているが、どこか取ってつけたように感じられる。

 しかも普通にしているだけだというのに、男からは隙が見えない。まるで、いつでも斬りかかれるような――そんな雰囲気である。

「警戒しないでくださいよ、俺はただの兵士ですよ。それに、国王陛下の婚約者に斬りかかるような真似はしない」

 そこでいったん言葉を切り、

「もうすでに国民にも御触れが出てる。今更取りやめなんてするわけねぇ――なぁ、姫様?」

 がらりと口調を変え、ネウスは目を見開く仁和に歪な笑みを見せた。

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