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ここ何日もウィルに会っていない。なのに、いきなり婚姻など身勝手すぎる。
問題はそれ以外にもあるのだが、仁和はウィルを探して廊下を歩いた。
「ウィルいる?」
一番いるであろう可能性が高い国王の寝床へ行き、門を守るようにして立つ二人の門番に強めの口調で声をかける。
二人は軽く顔を見合わせ、片方の男が口を開いた。
「今は定例の会議でいらっしゃいません」
「会議?」
また、会議。
仁和は眉を寄せる。
以前ウィルに話をつけに行こうとした時も会議だった。そしてまた、今回も。
まるで意図的に避けているように感じられ、仁和は眉を寄せたまま踵を返した。
「これじゃ話もできないじゃない」
ちいさく毒づく仁和の目の前に、ふと二人の兵士が現れる。
親衛隊ではない、二人の兵士。
躊躇いも見せずに睨みつけてくる二人の兵士に、仁和はそっとため息をついた。
数秒沈黙が訪れ、やがて一人の男が口を開く。
「これ以上陛下に近づかないでいただきたい」
硬い口調に、
「婚姻の話?」
と仁和は問う。
予想より遅かった――いや、早かったのか。
いくら陛下といえども、身元のわからないものを城に住ませ、そして普通ではしないだろう待遇をして自らの庇護のもとにおいた。それだけでも不満を買いそうなものだが、陛下に言われては仕方がなかったのだろう。
だが、今回の話は別である。
カルティア国の未来の王妃となる娘を、あろうことかこの仁和にすると言ったのだ。城に住ませるのと婚姻とではわけが違う。
しかも、他国からの誘いもすべて断っているらしいのだ。
ここにきて、彼らの不満は爆発したのだろう。
じっと見つめてくる二人に仁和は深く息を吐き出す。
「だったらウィルに言って。私だって初めて聞いたんだから」
「説得はしました! ですが頑として受け入れてくださらないんです!!」
必死な彼らに仁和は顔が引きつるのを感じた。
彼らとて必死なのだ。
だが当のウィルはあくまで個人の意見を押し通すつもりらしい。
このままでは他国に伝わってしまい、カルティア国の存続にまで関わってくる。
こっちだっていきなり婚姻とかで困ってるのに――と、仁和は何度目かのため息をつく。
部下がこう言っていてもだめなのであれば、自分の意見など聞いてすらもらえないのではないかと思い、
「ウィルがだめなら他か」
と、なおも何か言おうとしていた二人の兵士を置いて深く息を吐き出しながら踵を返した。
廊下の角を曲がり広めの廊下に出る。
だいたい、こっちの意見を聞かずに話を進めるなど最低だ。ましてやそれが婚姻など――最近姿を見せなかったのがその理由かと思うと、知らずに眉がよっていく。
「結婚って、普通両方の同意でするもんじゃないの!?」
片方の意見で話を推し進めた結婚など、幸せであるはずがない。
結局相手に対しての不満と怒りが溜まって破局へと繋がるのがオチだ。
しかもまだ自分は高校生で、元の世界に付き合っていた人はいなかったが、それでも想いを寄せている相手がいるかもしれないと少しでも考えなかったのか。
「何考えてんのよ! ウィルは!!」
実際そんな相手はいなかったのだが、そのあたりのことをまったく考えてくれなかったことに苛立ちが増す。
足早になっていくにつれて、仁和の胸元を飾る首飾りが跳ねた。
鮮やかな蒼い石は身勝手に話を進めるウィルと同じ瞳の色である。
同じ色の石はここにあるのに、本人がいないのはどういうことだと仁和は胸中でうめいた。
「もう、信じらんない! 最低――!!」
肩を震わして叫ぶ。
廊下にわずかに反響し、やがて消える。
ウィルに対しての怒りと、なぜ周りがもっと奮起になって止めてくれなかったのかと怒りに震え、力任せに石造りの柱を蹴ろうと足を持ち上げ――ふと、その足を止めた。
ウィルに意見を言えるのはごく少数だろう。
いや、ウィルなら相手が誰であろうとも話は聞くのだろうが、言われたことに素直に従うとは思えない。
「ジャンソンは……?」
ぽつりと呟いて、仁和は頭を振った。
反対したと言っていた。
なら、もう一度言っても無意味なのでは――と思い不自然な高さまで持ち上げた足を降ろして視線を上げると、こちらを背にしてなにやら話しているジャンソンを発見した。
何か二人で思案気に話しこんでいる。
もう一度くらい説得してもらおうと仁和はジャンソンの背後に近づいた。
「ジャンソン」
びくり、とあきらかな反応を見せるジャンソンに小首をかしげる。
背後に近づいてもわからないほど話に夢中だったのだろうか。
目を見開くジャンソンの後ろには、親衛隊の副隊長であるヘリックがいる。隊長副隊長がそろってこんなところで何をしているのかと思ったが、仁和は構わず口を開く。
「話、いい?」
「……はい」
「婚姻の話なんだけど」
「それでしたら、場所を変えましょう」
そう言ったへリックとともに、三人で中庭へと移動した。
さわさわと風に乗って木々が揺れる。
ここなら人が来ればすぐにわかるし、誰かに聞かれる心配もなく何かと都合がいいだろう。
二人に対して向かい合って立ち、仁和は口を開く。
「確認なんだけど。……婚姻の話、本当?」
「はい」
「私は納得してないんだけど?」
不機嫌さをあらわにして仁和がそう言うと、二人そろって渋い顔をする。
「とにかく、説得して他に婚約者選んでってウィルに伝えて」
「……説得はしましたが、聞き入れてくださらないんです」
仁和の言葉に軽く柳眉を寄せたヘリックがそう言うとジャンソンは少し黙り、
「貴様が陛下に取り入ったのではないだろうな」
と眉を寄せた。
「そんなことしてない!!」
なぜ、自分がそんなことをしなくてはならないのだ。
ウィルに考え直してもらえなかったからといって、自分に責められるいわれはない。
こっちは被害者なのだ。
「まぁまぁ、ジャン。女性にそういうこと言ったら駄目だろ」
「……我々とて必死なのだ」
この問題を、簡単に容認するわけにはいかない。
このことが他国に知られれば、とんでもない国王だと思われてしまう。長い間築いてきた信頼は、いともたやすく崩れ去ってしまうのだ。
大国と謳われたカルティア国が落ちぶれる様は、さぞ滑稽だと暇な者たちの話題にされるだろう。大国である国の醜聞は瞬く間に広まっていく。
自分たちもこのままではよくないからと、最善を尽くすと言い残し彼らは城内へと戻っていった。
「本当……何考えてるのかわかんない」
ここまで皆に否定され、それでも貫こうとするその意志が。
重いため息を吐く仁和の心を示すように、空全体に暗い雲が広がっていた。




