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甘い香りが充満しているこの部屋は、突然の訪問者によって張り詰めた空気が漂っていた。
ジャンソンの言った言葉がすぐには理解できず、仁和はぽかんとジャンソンを見つめる。
彼に言われたことを頭の中で反芻し、その意味を理解すると同時に仁和はそれが言われた相手を自分ではなくサリーに向かってだと思い視線を動かす。
しかしジャンソンの視線はサリーなどではなく、仁和にまっすぐそそがれていた。彼の後ろにいる臣下たちも皆そろって口を閉ざし、彼女を見つめている。
そそがれる視線は真剣で、けれど戸惑いや困惑した感情もそこにあった。
仁和はわずかに身じろぐ。
「――我々は反対したんだが、陛下がそうおっしゃられて」
「婚姻って……冗談でしょ」
眉を寄せるジャンソンに、ひくり、と頬が引きつる。
冗談ではないのか。
ウィルの、たちの悪い、冗談。
そう思って目の前の男たちを見ても、彼らは仁和の言葉に答えようとしない。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私まだ十八なんだけど!!」
さっと嫌な予感が脳裏を過ぎり、仁和は思わず椅子から立ち上がる。
「仁和様、十分結婚できる歳ですよ」
この状況でただ一人喜んでいるであろうサリーが微笑む。
「そ、そういう問題じゃない!!」
「……ですが、陛下のことはお嫌いではないのでしょう?」
きょとんとするサリーに、仁和の頬が赤く染まる。
嫌いでは、ないと思う。
好きというのにはまだかもしれないが、少なくとも嫌いではない。実質、仁和はウィルから貰った首飾りも短剣も、肌身離さず持ち歩いているのだから。
でも――と、仁和はジャンソンに視線を移した。
「それ、本当にウィルが言ってるの?」
「はい」
しっかりと肯定する親衛隊の隊長に、仁和は眉を寄せた。
サリーは知らないのだろう。けれど、ジャンソンはどうなのだろう。
ウィルには失ったが大切な少女がいたのだ。周りもそれとわかるほどだったと言ったのだ。なのに、別の人と結婚などするのだろうか。
それとも、その娘に似ているからという理由で自分と婚姻を交わすというのか。
「なにそれ、そんなの――」
ただの代わりではないか。
その少女と重ねて見られていたことはまだ許容範囲としても、自分をその彼女の代わりとして結婚して欲しいなど最低である。
どういうつもりなのかと仁和は眉を寄せたまま、隣に佇むサリーに告げた。
「――ウィルのところ、行ってくる」




