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独特の臭いが鼻につく。
陶器のグラスにつがれた酒を一気に飲み干し、男は薄く笑う。
「……あぁ、いいな。こんな風に酒が飲める日が来るなんてな」
古ぼけ、ところどころ軋み、特に床は歩くだけでみしみしと悲鳴をあげる。そんな慣れ親しんだ酒場のテーブルを囲むのは、わずかに頬を赤らませた男たちだ。
ここ数年間、賑わうどころか誰も足を踏み入れなかったこの酒場は今ふたたび活気に満ちている。
「城じゃあ兵士が飲んだくれてるって話だ。まぁ城はそんなに損害を受けてなかったって話だし、酒も無事だったんだろうなぁ」
薄汚れた服を身にまとい、髭を生やした男は息を吐き出す。
数年間といっても一年ほどで、けれど休むことなく続けられた戦いは、長年争い事がなかったカルティア国最長の戦争だった。
国王陛下――ウィルは、カルティア国の損害を最小限に押しとどめようと少し離れた場所で交戦していた。直接城を落とそうと攻めてきたものは城内にいた、それに応じた兵士が食い止める。
そんなことが続いた一年はどちらも決着がつかず、民にとっても気の遠くなる年だった。
そして何の前触れもなく、その戦いは幕を閉じた。
男はふたたび注いだ酒を一気に煽る。
「カルティア国が勝ったのか、それともクラリド国が勝ったのか……」
「さあな。でもこうして酒が飲めるだけでも十分だ」
豪快に笑って、空になったグラスをテーブルに置こうとした瞬間差し出された皿に思わずほう、と息を吐く。
皿に盛られたのは酒のつまみ。乾燥させた物や酒に合うように調整された物――それらはすべてカルティアでできた作物である。
それを口に含んで咀嚼し、男は瞳を細めた。
「……うまい。畑も戻ってきたからなぁ、でもベリスのところの畑はまだ本調子じゃないって言ってたか……。なんにせよ、本格的にカルティア国復活ってやつだな」
香辛料のきいた肉を豪快に芳張り、男はグラスを掲げた。
それに軽くグラスを当てるもう一人の男は、
「そういや、聞いたか? 国王陛下が保護した少女の話」
「あ? 噂だろ?」
「そうなんだけどよ、もしそうならめでたいんじゃないかってな」
と、にやりと笑う。
「めでたい?」
「あぁ。現在側室はなし――このままだと血が残らないだろ? で、その少女が王妃にでもなってくれたら万々歳」
「そんなどこの馬の骨だかわかんねぇような女、周りが反対するだろ。政略結婚が妥当なんじゃねぇの?」
まるで他人事のように語る男は瓶に入った酒をそのまま飲んだ。
「どこぞの国の娘と結婚して、両国万々歳。昔からそう決まってる」
側室を複数迎え、そして正室をとる。
政略結婚が普通だが、同時に側室を数人迎えるのがカルティア国のならわしでもある。それは正室が子をなさなかった時のための対処法で、カルティア国は古くから血を残すことを最優先としている。
今までにウィルは側室を複数迎えたがそれは短期間であり、次々と女を城へよこした。それがここ数年突然なくなったのだ。
国王は国を導くのとともにその象徴でもある王家の血を残すのも職務の一環である。その奇異なウィルの行動は城下町にまで伝わってきた。
出された酒を飲み干して、男はぼんやりと、大きく佇む王城を見上げた。
がっしりと城を取り囲む石造りの城壁はたやすく壊せるようなものではない。それは戦いを経てさらに丈夫なものへと変えられた。
王と言うにはいささか頼りないウィル王を中心に、カルティア国は存在していた。




