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異世界トリップものです。
楽しんでいただけるよう頑張ります。
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※オリジナル小説です。無断転載などしないようお願いします。
白い息が空気に溶ける。
冬真っ只中の二月。ちらほらと雪の降る今日はいつもより格段に寒い。
前から吹く風は肌を刺すようで、踏みしめるアスファルトの道はいつもより硬い気がした。
「寒い……」
そういえば、今朝のニュースで今年最低気温になるのではと言っていたような気がする。
少女――高浜仁和は制服の上から羽織っていたコートを引き寄せ、肌触りのいいマフラーに顔をうずめた。
頬はすでに冷たく、赤くなった鼻は空気を取り入れるとつんと痛む。
「もう、こんなに寒いんなら今日にしなきゃよかった」
ちいさく毒づきながら何も入っていない鞄を振り回す。鞄につけてあるキーホルダーが音を鳴らしながら揺れた。
高校三年生。あとは卒業だけを控えた仁和ら三年生は自由登校だ。自由登校といっても好き好んで学校に来る人などいるはずもなく、部活の後輩が心配だったりもう少し部活がしたいという人達以外は皆遊んでいる。
進路も決まり、就職先も決まった生徒が多いこの時期はいつもより暇になるのだ。
仁和は見慣れた学校の門へ近づき、わずかに開いた隙間に体を滑り込ませる。あちこちから聞こえる運動部員たちの声と、時折視界を掠める姿を横目に仁和は昇降口へと向かった。
普段とは違い人気のないそこはどこか暗く、寂しささえ感じさせる。
仁和は小さく息を吐き、靴を脱いでそのまま階段を上がり――そしていつもとは違った空気に微かに目を細めた。
放課後ということもあるが、授業を受けに学校に来ているときと違って学校の雰囲気が違う。
しんと静まり返る廊下を靴下を履いた足のままで歩くと、布越しに伝わるひやりとした冷たさに思わず身をすくめた。
すぐ隣の校舎にある音楽室から重なり合った音が耳朶を打つ。吹奏楽部が練習しているのは、卒業式に使う曲らしい。
ゆっくりとした心地のよい音楽を聞きながら、これは一体何という曲だったかとぼんやり考える。
「あ、やっぱり数学の教科書学校にあったんだ。どうりでないと思った」
誰もいない教室にたどり着き、机の中から教科書を引っ張り出す。
数学の教科書のほかにも国語や化学、それに数冊のノートが入っていた。
もうすぐ卒業だというのに私物を持ち帰っていないというのはだめだと、最近さらに髪の毛が薄くなった担任の言葉にしぶしぶ学校にやってきたのだ。
「これだけだよね。あとは全部持って帰ったし」
教科書とノートを鞄に詰めて、仁和はあたりを見渡した。
綺麗に整頓された机にはらくがきがいくつも残っている。黒板の横に張られた紙類はすでにはがされているが、そこかしこに残る思い出の欠片にここで皆と一年間を過ごしたのだと今更ながらに実感がわく。
目を閉じれば笑い声がよみがえり、その中に自分もいたんだと思うとなぜか不思議な感覚がした。
三年間などあっという間だった。学生の頃は、普通よりもっと。
しばらく静まり返った教室を眺め、帰ろうと思い振り返ると、
「……なに、あれ?」
教室の角の一部を見て瞳を細める。
――歪んでいる。
見慣れたはずのその空間には、微かな歪みが生じていた。
壁や床がなどではなく、空間そのものが、空気そのものが歪んでいるかのようだ。
ぐにゃりと歪んでいるその場所を見つめて仁和はそっと歩み寄る。
不可解な光景。
「光の反射とかで……?」
ぽつりとつぶやいて、違うとすぐに否定した。
いくら化学に疎い仁和でも、この歪みがそういうものではないことなどすぐにわかる。
もっと別の何かが――何かを繋ぐようなもの。
仁和は引き寄せられるように、目の前のそれにゆるりと手を伸ばす。
懐かしい、そう思ったときにはもう歪みに触れていて――世界が、暗転した。