第八話 娘VS娘
次は遅くなりそうです
「……はふぅ」
馬車着地から約半刻。ハバモンドがなぜか持ってきていた水筒の中の紅茶を飲んで、ワカはようやく落ち着いていた。
その半刻の間ずっとハバモンドはワカに向けて反省のムードを漂わせていたが、別段和歌はハバモンドがスピード狂であることに(で、馬車のものすごいスピードに)恐怖していたのではないので軽くスルーする。
「ま、墓場なんだから幽霊も出るよね」
状況に慣れるのがあまりにも早すぎるワカは、のんびりと墓を背景に軽く紅茶をすすった。
「じゃ、そろそろ行こうか。お父様ー」
「ふなっ!……ああ、ワカか」
向こうのベンチで頭を抱えていたハバモンドは、何が怖いのか真っ白な顔をしている。
「もう私は落ち着いたよ。行こう?」
それでもハバモンドはワカに袖を引かれ、ゆっくりと墓地の中を歩き始めた。
そもそもこの世界の墓の形は、皆同じと言うわけではない。
日本の伝統的な長方形のような物もあり、こっちにもキリスト教のような物はあるのだろうか、十字架に似た形をしている物もある。
それだけではなく、ジャイロスコープのような不思議な形から魔術師が眠っていそうなヘキサグラム、果てはそのまま人が住めそうな家のような墓まで様々だ。
当然、種族ごと、職業ごとに死者の葬り方すら異なる。
墓のあるところでは埋葬、火葬、土葬など。無いところでは水葬、鳥葬など、あげていくだけできりが無い。
独特なところでは人間族魔導師の葬り方があげられる。
生前一定以上の功績をあげた魔導師は、五十人ほどの魔術師達の“レクイエム”と言う魔術によってその身を光に還される。後にはわずかに、「光の残滓」というアイテムが残され、それは生前の魔導師の記憶や記録を遺した物である。
魔術師ギルドと呼ばれる集まりには、「○○導師の光の残滓」というアイテムがたくさんあるのだとか。
獣人族や魔人族などの魔導師は自らの意思でこの葬り方を否定し、それぞれの族内で敬意を持って葬られるのだそうな。
稀にレクイエムを受ける人間族以外の魔導師も存在し、その魔導師の「光の残滓」も、他の魔導師と変わらずギルドに安置されるらしい。
そんなことをハバモンドから学びながら、ワカは広すぎる墓地を歩いていた。
けれども、行けども行けどもハバモンドの娘の墓にたどり着かないのはなぜだろうか。
「しかしいつ来ても広いな……」
そんなことをワカが思っていると、げんなりしているハバモンドの口から決定打が飛び出した。
そうか、ハバモンドがこの墓地に来たくなかった原因の一つにこの広さがあるのか。
「っていうかお父様が広いって言うんだからどれだけ広いんだこの墓地は」
ため息と共にワカはそう吐き出す。
見渡す限り墓、墓、墓。
もしこの中に自分が葬られることがあるなら、絶対に目立つ墓にしてもらおうとワカは決心したのだった。
「あ、あった」
探し物をしていたら昔失くした宝物が出て来た、みたいなノリ。
意外にも、先にハバモンドの墓を見つけたのはワカの方だった。
「ユリシェリナ・ロピリノ・ハバモンド……お父様、ここだよね?」
「ああ、リズの墓だ」
どこをどう曲げたらその呼び名が成立するのか甚だ疑問だが、とりあえずワカは魔術か何かで宙に浮いている直径一メートルほどのその丸くて黒い石に黙祷をささげる。
隣でハバモンドが驚いたように、でもどこか懐かしむような目でユリシェリナの墓を眺めていた。
「さ、まずは私めから報告をば」
格好をつけて墓石に向かって礼をし、ワカは改まった口調でそう呼びかける。
「此度貴女様のお父上であらせるライナス・ザベリア・ハバモンド様の娘となりましたワカ・ユーミィ・ハバモンドと申します。以後お見知りおきを」
『……おとうさまを、とったな?』
小さな声と、不穏な気配。
自分の中の警報装置が破壊される嫌な感覚。
トラブル襲来。
ワカは、身構えた。
「え、何?何が起こってるんだ?」
ものすごく難解且つ丁寧な挨拶をしたかと思えばいきなり身構える娘を前に、ハバモンドは一人おろおろとしていた。
「お父様、ここから離れて。今すぐに」
どん、どん、どかんと大砲を三発打ち込まれたかのようなワカの言葉の重さにこれはただ事ではないと気づき、ハバモンドは全力疾走でワカから距離を取る。
『おまえごときがおとうさまをおとうさまとよぶな!おとうさまはわたしだけのおとうさまだっ』
おとうさまおとうさま連呼しているその声を前に、ワカは何とか説得を試みる。
「そうですあなただけのお父様です。私はあなたのお父様を借りているに過ぎません」
この手の輩の対処法1。まずは言っている内容を肯定する。むやみに否定しないこと。
『そんなのしんじられるか!おまえなんかこうしてやる!』
ふっ、と、浮かんでいた墓石がワカの頭上に移動した。そのまま重力にしたがって落ちてくる。
この手の輩の対処法2。攻撃は避けずに受けること。ただし新では元も子もないので極力致命傷を負わないように。ただ、血は流したほうが相手に精神的ショックを与えられる。
(いや、無理ですこれはさすがに避けないと無理でしょうがこれは)
直撃するまでのわずかな間でワカは回避行動に移る。対処法には背くけど仕方が無い。
『むきーっ!!おとうさまはわたしだけをあいしてくれるっていったんだ!おまえなんかにとられてたまるかっ』
どこの痴話喧嘩だ。
シュールだなぁ、と思いながらワカは土煙の中。けほこほと咳が止まらない。
『おとうさまは、おとうさまはあめのなかのわたしをひろってくれたんだ!ずっとさいしょからおとうさまといっしょにいたおまえなんかにこのきもち、わからないだろう!』
土煙が晴れたそこには、半透明の猫耳少女が浮いていた。
高い位置でツインテールにされたその朱色の髪はゆるくウェーブを描きながら胸の辺りまで垂れている。
フリルがたくさんついたピンクピンクしている服にも決して着られていない、琥珀色の目をした将来が楽しみな幼女。
その言葉と姿を見たとき、ワカはなぜこの幼女がここまでハバモンドに固執するのかがようやく理解できた。
「……そうか、ユリシェリナは拾い子だったのか」
ハバモンドは結婚していない。
「道理で、お母様の思い出が見えないはず」
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