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第七話 馬車の相違とつくりについての考察



 しゃあしゃあ、と朝の鳥が鳴く時間帯。

 まるで蝉のようなその鳴き声に頭を揺さぶられながら、和歌はゆっくりとベッドから身を起こした。

「おはよう、和歌」

 起きがけで頭のよく働いていない和歌の、その頭を優しく撫でるハバモンド。

 どうやら徹夜でもしていたようで、その目の下には隈が浮かんでいた。

「んにゅ……おはようございましゅ」

 ごしごしと自分の目元口元を拭った和歌はくるくると辺りを見回してから、ハバモンドの持っている大きな紙に目を向ける。

「お父様、それは何ですか?」

 和歌は自分が起きるまでずっと起きていたのか、とは聞かない。なぜならハバモンドだから。そんなことぐらい簡単にこなしてしまうに違いない。なんてたってホムンクルスとは言え、大切な一人娘なのだから。


 ハバモンドは軽く笑った後、その紙を大事そうに広げた。

「これは和歌のミドルネームリストだよ。和歌の属性の闇の神『ユムリス』から派生するものを考えてこれだけに絞ったんだけど、後は和歌が選ぶと良い。和歌のこれからの名前なんだから」

 そう言ってハバモンドはその紙を和歌に手渡す。

 受け取った和歌は少し驚いた。その紙の材質が見た目羊皮紙のようであるのに対し、手触りはまるでしっかりとしたコピー用紙だったから。

 和歌はその紙が何からできているのかをハバモンドに訊きたかったけれど、あまりにも眠そうなハバモンドを見て諦める。

「お父様。私はこれを決めておきますから、少しお休みになってはいかがかと」

「そうだね、そうするよ……。和歌、それと敬語はやめてくれないか?何だか親子って感じがしないんだ」

「呼び方は『お父様』のままで良いですか?」

「うん、それは別に変えなくて……」

 くあふ、と一つそこで大あくびをすると、ハバモンドは最後にもう一度和歌の頭を撫でて部屋から去っていった。


「…………そりゃあこんなにも書けば徹夜もしなくちゃならないだろうけど」

 ふらふらと怪しげな足取りで部屋を出て行くハバモンドを見送ってから、和歌は一人呟いた。

 渡された紙。

 そこには、たった二枚という紙にここまでの文字を載せることができるのかと思えるほどの文字量が存在していた。

「ユムリー、ユミィぐらいは何とか連想できそうだけど……ユケッティって何」

 何だかスパゲッティみたいだ。

 くすくすと笑いながら、和歌は紙の上のこれからの自分の名前を読み上げ続けた。



「さあ和歌、名前は決まったか?」

 やけにさっぱりとしたハバモンドが和歌のいる部屋を覗く。

「あ、お父様。シャワーも浴びてきたんだ」

「タメ口グッジョブ!!」

「は?」

 部屋の入り口でハバモンドがガッツポーズをしていたけど、何でだろう。

「あ、そうだ。決まったよ、ミドルネーム」

「そうか。何にしたんだ?」

 わくわくわくわくと好奇に()(あふ)れたハバモンドの顔は、見ているだけで元気になる。

「“ユーミィ”。可愛くない?」

「やっぱりそれかぁ」

 うんうん、とハバモンドがうなずく。自信があったのだろうか。


「では和歌の名前は今からワカ・ユーミィ・ハバモンドだな。さて、ワカ。王城に行く前に少し時間があるのだが、どこに行きたい?」

「どこ……って言っても……」

 どこも、とりあえずこの世界の中で研究所とここぐらいしか、ワカが知っているところはない。

「そうか。海でも、山でも、行きたい大まかな場所を言ってくれれば私はどこへでも連れて行くのだがな」

 うーん。

 ワカは心の中でうなった。

 連れて行くと言われても、ワカは元々とっさに何かを思いつくような頭をしていない。

 でも折角ハバモンドがそう言ってくれているから、何か考えない事には……


 そこまで思考を進めたとき、ワカはようやく、行きたい場所を決める事が出来た。

「……お父様の娘さんの、お墓に。お墓に行きたい」

「な……」


 ハバモンドもワカがそんな事を言い出すとは思っていなかったのだろう。

 固まったまま、ワカの方を驚いた目で見ている。

「だって、まず私がお父様の新しい娘になった事を伝えに行かないと」

 あんぐり大きな口を開けているハバモンドの綺麗な金色の目まっすぐ見て、ワカは言った。

「私が娘さんなら挨拶にも来ない新しい娘なんか信用できないし納得もできないもの。きっと新しい娘さんを呪っちゃう」

 ふふ、とワカは軽く笑った。

 夜な夜な化けて出てくる小さな女の子の幽霊なんて。そんなの、ぞっとしない。


「…………分かった。そこへ行こう」

 楽しそうなワカの表情とは真反対の、固い表情でハバモンドは言った。

 この場合ハバモンドが固い表情になるのは何も不思議なことではない。

 そもそもお墓に行くというのにまるでピクニックにでも行くような足取りでるんるん準備を進めているワカが間違っているのだ。

 普通、墓地に行くのにどの服を着ようかな、などと言いながらクローゼットを(あさ)るものではない。

 と言うか、お洒落な肩掛けかばんはお墓に持っていかない。

「ワカ、馬車の準備が出来た。行こうか」

 元侯爵ハバモンド、どうやら使用人などは雇っていないらしい。

 先ほどに比べれば幾分(いくぶん)固さの取れた表情で次にハバモンドがワカの部屋を覗いた時、ハバモンドは普通の庶民が着るような服に着替えていた。

「うん!」

 ワカは起きた時のネグリジェとは打って変わって、黒を基調とした大人しめなワンピース(それでもやっぱりリボンがついていたりひらひらしていたりとどこかドレス調だ)を着、どこぞのお嬢様が(かぶ)るような大きめの白い帽子に黒いロリータブーツ、そして手には装飾過多のという()で立ちだ。そうやら一応墓場と言うことを考えたらしい。ぱっと見ワカの服装に黒が多いのはそのせいだろう。

 そんな満面の笑みのワカを見てより相好を崩すと、ハバモンドはワカを抱きかかえゆったりとした足取りで馬車へと向かって行った。



 ゴトゴト、ゴトゴトと不規則に揺れる馬車の馬は、妙に張り切っている。ハバモンドは久し振りにこの馬車を使うと言っていたし、やっぱり使われて嬉しいのだろうか。

 そんなつまらない考察に頭の七割方を使いながら、ワカは昨日乗った研究所の物のように座席の無い馬車でバランスをとりながら座っていた。

「うーん……あれが遠い昔のように感じる」

 ワカは一人馬車の中、ため息をつきながらこくりとうなずいた。

「そっか。これまでのお父様の言動が濃すぎたんだ」

 そうだ。そうに違いない。

 この前の馬車の経験から、腰の下に分厚いクッションを敷いているワカは、自分のことを棚に上げてそう思った。


 長方形の木箱の横前の面の板を抜いて横後ろの面を扉にし、車輪をつける。

 大体数の馬車の作り方はこうだ。馬がロープをちぎって逃げ出すか逃げ出さないかは(ひとえ)に御者の腕にかかっていると言う、お世辞にも良く出来ているとは言い(がた)いつくり。

 それでも、そんな馬車にも利点はある。

 後ろの扉を開いておけば、とんでもなく風通しが良いのだ。まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、途中に座席があったり装飾がしてあったりする王族や上流貴族御用達の馬車ではそうはいかない。その分載っているときのスリルはまるでジェットコースターのように跳ね上がるが。

 そして何より怖いのがこの馬車にはジェットコースターのように安全装置がついているわけではないと言うこと。

 帽子が飛ぼうが、人が飛ぼうが御者が気付いて止めない限り馬車は走り続ける。後ろの扉は風の通りを悪くするためでは無く、荷物の飛散防止というとてつもなく重大な役割を担っているのである。


 まあ何が言いたいかというと、ハバモンドはどうやら極度のスピード狂らしい、ということ。

 冬ではないので何とか耐えられるが、涼しいを通り越して最早寒いほどの風が馬車の中を通り過ぎていく。

 後ろの扉など風圧に負けて大分前に留め金が弾け飛んだ。

 お陰でワカは飛ばないように必死に帽子を押さえながらスリル満点の馬車を楽しまざるを得ない。

 うん、馬たちが楽しそうな理由がようやく今分かった。

 自嘲(じちょう)するようにワカは笑った。

 これ、馬にとっての全速力だ。

 道理で馬たちも疲弊(ひへい)するまでは楽しんでいるはず。

 ……それより、ハバモンドが一番楽しそうだ。

 あははははははははは、と満面の笑顔で馬に鞭をくれてやっているハバモンドの笑い声ときたら、まるで幼児のようだった。



 そんなスピードなのだから、止まるときは半ば事故だった。

 急停止した馬と縄で繋がっている車両は慣性の法則で浮き、と言うか垂直に飛び、地面を揺らしながら着地した。それにつられて今度は馬が縄に引かれ、情けなく子犬のような悲鳴を上げる。

「いーやぁあああっ!」

 後ろの扉が弾け飛んでいた弊害(へいがい)として、体重の軽いワカが後ろに飛ばされる。

 ホムンクルスとは言えまだこの世界に生まれて間もなく、しかも三歳児の身体とあっては着地なんぞできるわけも無くワカが無様に空中で三回転を数えたとき、ワカはふわりと何かに空中から降ろされた。


「……へ?」


 ハバモンドではない。

 周りに人影も無い。

 ここは墓地である。


 そんな状況を(かんが)みて、ワカは軽く背筋を寒くした。

「ゆ…………うれい?」

 さっと青ざめたワカの前に、どたどたと騒々しい音を立ててハバモンドが走ってくる。

「大丈夫だったか、ワカ!」

「……うん。大丈夫だけど……」

 あからさまにほっとしたハバモンドの前で、(いま)だ震えさめ止まぬワカであった。




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