第六話 元・侯爵令嬢
短めです。
初感想が入りました。
ものすごく嬉しいです。
「……ああ、詳しい説明をしていなかったね」
和歌が言葉の意味を理解出来ずに突っ立っていると、思いついたようにハバモンドがぽんと手を叩いた。
「私は、和歌は冒険者になったほうがいいと思うんだ。いや、是非なるべきだ。戸籍を作るのはまずそれの第一歩だよ」
冒険者?
って良くあるRPGの例のあれですか?
「あーるぴーじーって何だ?あと口を動かさずに声を出すのは止めたほうが良いぞ。本当に人形みたいだからな」
どうやら和歌の考えていた事は全て筒抜け(しかもにわか腹話術)だったらしく、ハバモンドは固まっている和歌に嬉々として説明を始めた。
「冒険者はだな、まず第一に一般人の立ち入りが禁じられている所へ行く事が出来るんだ」
和歌の目が輝く。
それはつまり、
「お兄ちゃんが探しやすくなる!」
「その通り。だから和歌、私の首をぎりぎりと締めるのは止めるんだ。と言うか和歌のどこにこんな力があったのかを訊ねた」
そこでハバモンドの意識は暗転した。
「……あ、あれ?お父様?……おーとーうーさーまー?」
和歌はハバモンドの首を興奮のあまり締め付けながら、反応をしないハバモンドに呼びかけていた。
「おっかしいなぁ、何でいきなり目を開けたまま静かになっちゃったんだろ」
それはハバモンドが気絶しているからで、ついでに言えばハバモンドはさっきから呼吸が出来ずにぶくぶく泡を吹いているのだが、そんな事兄につながる足がかりを得た和歌は気付きもしない。ここが和歌の恐ろしいところ。
「ぶくぶくぶく」
「うわっ、汚っ!何か泡出てきた」
ああ本当に可哀想なハバモンド。
しかし世の中何が幸いするかわからない。
和歌が汚いと手を放したお陰でハバモンドはまた元通りに呼吸をする事が出来るようになり、ハバモンドは無事息を吹き返すことが出来たのだった。良かったね。
ちなみに、和歌のこの腕力はホムンクルスの力ではなく、兄をこよなく愛する和歌が生み出す火事場の馬鹿力的な物である。
面白がって異世界の神がオプションパーツを和歌にぺたぺたつけまくったせいで、割と普通の人としてもホムンクルスとしても規格外だったりする和歌。
数多くの面白そうなものを映し出す神界の大型モニタの中でも、和歌のモニタの視聴率が異様にトップに近いのも、そのモニタをどの放送局のものにするかを神たちが至極真剣に争っているのもまた、別の話。
「……あれ、何だか九死に一生を得た気がする」
意識を取り戻しても失う前の記憶が三分程抜け落ちているハバモンドは、それでも感覚で何かを覚えていた。
だが血が完全に巡り始めるまでまだ時間があるので、ハバモンドの身体はあまり動かない。
だから、魂がどこかへ吹っ飛んで行ったかのようにぼうっとしているハバモンドのひざの上から抜け出そうとしている和歌をしっかり捕らえている手も、動かない。
「んぎぎぎぎぎぎっ……!…………ダメだ、抜けない」
「逃がすもんか」
「ふにゃぁぁっ?!」
まるで猫のように悲鳴を上げる和歌。
理由は、ハバモンドが更に強く抱き締めたから。
ついでに額にキスまでしたから。
どうやら身体に力を入れるところまでは出来るらしい。
(ちょっ、ちょちょちょっ!違うって違うってあなたはまるで愛玩動物を扱うような感じで私は身体が三歳児だけど私の中身はちゃんと現役中三生で裸とか見られても肉体年齢に引きずられてるのか何も感じないけどそれとは別にこんな直接的に頭撫でられたりおでこにキっ……キスされたり耳元でイケメンヴォイスで囁かれるのとかは無理なんだってばっ!!だからおでこにキスしないで囁かないでそうやって何でか知らないけど病んだような目で見つめてくるのも止めて!)
い――――や――――――――っ!
とまあ顔を真っ赤にしながら何が何だか分からなくなったTHE・普通娘。
あまりにもな可愛さに、その瞬間の和歌モニタ視聴率は30%を超えたらしい。
さてさて、本題である。
「何故か身体が動かなくなったりしたけど、まあとりあえず和歌の私の娘としての名前を決めようと……って、和歌?何で鼻を押さえているんだい?顔が真っ赤だけれども大丈夫かい?」
「大丈夫れふ」
何でもない何でもないと和歌は鼻を押さえたまま首を振る。鼻の中から喉に向かって鉄っぽい味のものが逆流してきたけど気にしない。視界が滲んだけど涙も出てないよっ。
「ま、いいか。じゃあ和歌は私の苗字を付け加えてワカ・ハバモンドだな。……うーん、仮にも元侯爵なんだからもうちょっと長い名前が欲しいなぁ……」
「侯爵?!」
和歌は驚いた。
鼻を押さえていた手が思わず外れてしまうぐらい驚いた。
だって侯爵って、侯爵って、上から二番目の位なんだってば。
政略結婚とかで王族とも血をまじえる事すらあると言う、端的に言えば庶民には手が届かないばかりか眩しすぎて直視すら出来ませんって言うレベルの。
「血?!」
ハバモンドも驚いた。
和歌の名前を考えるために用意していたペンを落としてしまうくらい驚いた。
仮にも娘が、それも頭の良く回る大切な娘が、鼻から際限無く血をぽたぽたと落としているという今にも自身の手で鼻血を止めてふかふかのベッドに和歌を沈めさせて一ヶ月間付きっ切りで看病をしてやりたいこの状況。
「私にお兄ちゃんを探す以外に何をさせたいの神様!」
「とりあえずハンカチ!そして着替えっ!今日はベッドから動くな和歌!私が付きっ切りで看病してやる!」
ともかく、それぞれの思いは変な方向に交差する。
その日、ばたばたしているうちに和歌は鼻血止め、お風呂、着替え、そして広すぎるベッドへと縛り付けられる事になったのだった。
時間は既にぼふぼふと変な鳥が変な声で鳴くような、夜。
和歌はこの世界に誕生してから自分が何も食べていないことに気づいたが、別段お腹が減っているわけでもない。
やけにぴったりなふわふわひらひらのネグリジェに包まれた自分の体と、右手につながれているハバモンドの大きな手の感覚を覚えこみながら、和歌はゆっくりと眠りについた。
そういえば私の名前って決まって無いね、と思いながら。
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こんな駄文を読んで頂きありがとうございます。