第四話 新しい家
時間が出来たので連続投稿です
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一体何なのー何を怒ってるのー……と、和歌はその白衣の顔を見て一人戦々恐々としていた。何てったって異世界。何が起ころうと和歌の常識では対応できないに決まっている。
「行くと言っているだろう」
白衣はそう言うと、強引に和歌の腕を掴んで馬車から引きずり出した。
「……痛っ……」
和歌はそう呟いたが、ご立腹のご様子な白衣には届いていない。
これが三歳児の身体では無ければ自分はもっと抵抗したんだけどな、と和歌は半分諦めながら白衣に引きずられていった。
「ホムンクルス、いいか?ハバモンド様というこの家にいる男の人のことは“お父様”と呼ぶんだぞ」
「……わかりました」
言いながらも白衣は和歌を引きずるのをやめない。
その状態のまま、和歌は馬車から見たあの金細工の門を越えて行く。
そこで和歌は、想像とは少し違う庭を見ることになった。
確かに美しいのは美しいのだが、どこかおかしい。
咲いているバラの横に枯れたバラは放置してあるし、雑草もちらほら見える。極めつけは道の真ん中に落ちている枯れて黒ずんだ花。
ここ最近手入れをしていないのだろうか。
自分の足を動かさなくて良い分、和歌は景色を見る余裕と共に頭の働きも復活させていた。
足はごたごたした余計な飾りの付いた分厚い革のブーツなので別段石畳の上を引きずられていても足が痛くなるような事はないし、体重も軽いので腕も痛くならないし、むしろ馬車よりこっちの方が揺れも少なくて快適かも知れない。
和歌は不自然な花園を通りながら、そう思った。
「お前を連れていたばかりにっ……!」
ハバモンドの屋敷と思しき建物の(何せ大きすぎるので左を見ても右を見てもどこまでが屋敷か分からないのだ)木製の扉の前に和歌を引きずりながら到達したとき、白衣は息を少し上がらせながら、和歌にそう言った。
息が上がるのはしょうがないよね。だって振り向けば霞んで見えるぐらいに門が遠くに見える。
そこを和歌の重量を引きずってだもの。そりゃあ息も上がるって。
「……ちっ、まあ良い。『絶対に研究所に帰ってくるな』。これは命令だ」
馬車の中の優しさはどこへやら。さも忌々しげに白衣は和歌に命令を下した。
ホムンクルスはその生い立ち故に、自身の製作者と使役者の「命令」には逆らえない。
命令内容を言ったあと、「命令」と言うのが命令発動のキーである。
命令受諾の印として、和歌の瞳孔が一瞬針のように細くなる。
白衣はそれを確認すると、上がっている息を整えて扉を叩いた。
「ハバモンド様、ハバモンド様!研究所の者です!!」
白衣がそう叫んでから2、3分後。
「だから、私は、そいつを、買わんと!言っているだろう!!」
美形だ――――――――――ッ!!
「……っむぐぅっ!」
和歌は思わず叫びそうになった口を両手で押さえた。
透明感溢れる金色の髪、怒りに震える瞳も金で、透き通るような白い顔はかすかに紅潮している。
ああもうヤバい鼻血出そう。
和歌はついでに鼻まで押さえた。
息 が 出 来 な い !
薄れゆく最後の意識で何とか我に返った和歌は、美しいハバモンドの顔にある違和感に気が付いた。
隈が、濃い濃い隈があるのだ。
その隈にかすかな不審感を抱いた和歌は、言い争っている内容にも目を向ける。
「そうは言ってもお代は既に頂いております!」
「だからその金は返してもらわなくても良いからそいつをさっさと処分するなり何なりしてくれ!」
ああ――厄災の種が来た。
和歌はそう思った。
和歌は元の世界で所謂トラブルメーカーだった。それはどうやらこの世界に来ても変わらないらしい。
元の世界であらゆるトラブルという名のトラブルはあらかた経験済みの和歌だったが、さすがに自分を買った人から拒絶されるというトラブルは元の世界では経験のしようが無い。
よって、対処法は無い。
なら、今から作ればいいだけの事。
和歌はハバモンドの顔に注目し、深く思索した。
(この表情、この弱りきった顔はどこかで見た事があった筈)
(この世界ではそんな表情をしている人は今のところ見ていない)
(なら、前の世界)
和歌はトラブルの経験則と、ホムンクルスの記憶力でトラブルに関する全ての記憶を洗い出す。
(隈……隈に関する記憶)
(寝不足、不調子…………憔悴?)
(憔悴、憔悴した記憶)
奥へ奥へと突き進む。
鋭い眼光は、何も見ていないようで見抜いている。
(黒と白……あれは、鯨幕)
(あれは、あれは――)
「何を悲しんでいるの?」
和歌は無意識に声に出していた。
それを聞いてはっとハバモンドが驚いたように和歌を見る。
(見つけた)
「何か悲しい事が……とても悲しい事」
今度は、確信を得たような和歌の声。
和歌は自身を見ているハバモンドの目が揺らいだことを見逃さなかった。
そのハバモンドの様子に、白衣も和歌を見る。こちらは、見下したような目で。
(掴んだ!)
「あったんでしょう?」
そして、ハバモンドの方へ歩きながら。
位置は丁度ハバモンドの真正面。
「でも、もう大丈夫です。お父様」
和歌は、満面の笑顔で言い放った。
瞬間、ふわりと抱きしめられる。
「リズ……!」
視界に溢れる金色を見ながら、和歌は自分の掴んだ解決策が間違っていなかったのを確信した。
「大丈夫、大丈夫です。私はどこにも行きません。だから安心してください」
そして和歌もハバモンドを抱き返す。
和歌の“お父様”が引き金になったのだろう。ハバモンドは静かに涙を流していた。
肩を震わせるハバモンドの金髪から目を離し、和歌は白衣の方をちらと見る。
白衣は驚いた顔で和歌とハバモンドを交互に凝視していた。
その顔はあの優しい白衣。
「……君、は」
口を開きかけた白衣を制すように、和歌は自身の口に人差し指をそっと当てた。
そしてそのまま軽く笑う。
「命令を『解除』する。……君の研究がしたい。近くに来たら寄ってくれ」
参ったなぁ、といった顔で白衣はハバモンドに聞こえないようにそう呟いた。
ホムンクルスの和歌には聞こえる声量で。
私を研究する、か。
和歌は白衣に向かってうなずいた。
この身体が何をできるか知っておかないと。お兄ちゃんが待ってるから。
「それでは私はこれで。お代は既に頂いておりますので」
最後に白衣はハバモンドにそう耳打ちすると、踵を返してハバモンド邸から出て行った。