第二話 研究所
短めです
「〈…ドル…ラ・サム……〉」
何か変な声が意識だけの和歌をからめ取る。
これは転生中の景色なんだろうか、と和歌は身体を包む網のようなもものを不快に思い引きちぎろうとしたが、これも兄に会うためと我慢する。
すると、上昇するような感覚と共に暗かった周りがどんどん明るくなっていった。
「……ん……」
眩しい光がまぶた越しで伝わって、和歌は目を開けた。
視界がはっきりとしない。まるで涙が出ている時みたいだ。
視界をはっきりさせるために和歌は自分の目をこすり、そして上体を起こした。
なんだか周りが騒がしい。
何かあったんだろうかと思って和歌が周りを見回すと、360度パノラマで白衣を着て満足そうな顔をしている五人ぐらいの人たちと目が合った。和歌は座っているはずなのに、目線がその人たちより一段高い。
何でだろう、と自分が腰を落ち着けているところを見ると、そこは地面ではなかった。
どうやら和歌は少し高めのベッドのようなものに寝かされていたらしい。
「起きたかね、ホムンクルス」
妙なスイッチやボタンやレバーがたくさんある研究所のようなその建物を和歌が物珍しそうに見回していると、白衣のうちのリーダー格のような人が和歌に話しかけてきた。
のは、いいのだが。ホムンクルスって何だホムンクルスって。
「んー……ホムンクルス?」
和歌は早々に考えることを諦め、おとなしく白衣に訊ねることにした。
そうして出した声に和歌は自分でも驚く。元の自分の声とまるで違うだけでなく、それはとても可愛い声だったから。
「そう。人工生命体の、ホムンクルスだ。詳しくは君の知識の中に入れてあるから、それを確認したまえ」
そう言いながら白衣は和歌の前に一枚の大きな鏡をドンと置いた。
「見たまえ。君の身体だ」
胸を張ってえらそうに言う白衣の声が届く前に、言われずとも和歌は新しい自分の姿をまじまじと見つめていた。
そこには三歳ぐらいの幼い女の子がいた。
腰まである長い黒髪に、声通りの可愛い顔。猫のように大きい目は、くりくりとよく動く。試しににこりと笑ってみると、鏡の中の顔も笑った。この身体が作り物だと言う気が全くしない。まるで生きている人の身体に憑依してしまったかのようだ。ああ、これが人間体で人間獣人その他諸々ではない、と言う希望を叶えられた結果なのか、とワカは納得した。
しかし成る程、良く出来ている。そういえば胸の紋様が無いのは余計な事を調べられないようにする為か。神様も良く考えたもんだ。いきなり研究生活なんて、ぞっとしない。
「気に入ったかね?」
和歌はうなずいた。それを見てリーダー格以外の白衣が顔を赤くして横を向く。何でだろう。
「お前には成長する知識を入れてある。周りからどんどん吸収するといい。身体も成長するようにしている。成長速度は人と同じだが、肉体のピークで成長は止まる。そのため老化はしないが、致命傷を負えば簡単に死ぬので注意しろ」
リーダー格の白衣はつらつらとよく回る口で和歌の新しい身体の注意点を述べていく。
「その身体でも立派に魔法を使うことはできるので安心しろ。その他、ホムンクルスの特性故身体を好きなように変えることができる。例えば、犬になる。ゴブリンになる。竜になる。ホムンクルスならば、全て可能だ」
和歌は説明している白衣の口を凝視していた。本当によく動く口だな。
「スライムになって窓の隙間から逃げ出すこともできる。だがそんなホムンクルスであれど一個体の生命体だから、食事も休養も必要だ。まあ人間等よりはその頻度が少なくて済むが。分かったか?……いや、三歳児程の知識では難しすぎるか。ならもう少し砕いて……」
うーん、と頭の中で色々文章を組み立て出す白衣。どうやら彼は噛み砕いた説明と言うものが苦手らしい。
「いえ、分かりました。十分に」
和歌は白衣に言う、と、白衣の端正な顔が驚いたように歪められた。
そこで和歌は気づく。白衣たちの言う“成長する知識”の最初は三歳児あたりの知識しか持ち合わせていないようだ。確かに今の話は三歳児には到底理解できるものではないだろう。
が、前世の記憶を持ち合わせている和歌には理解できてしまう。
これは隠さないといきなり研究生活に直結してしまう、と和歌は慌てて言い繕った。
「で、でも、分からないところもあります。もうちょっとかんたんにして下さい」
それを聞いて白衣は安心したようにうなずく。少し子供っぽい口調にしたのも功を奏しているらしい。
ああ助かった、と噛み砕いて説明する白衣を見て和歌はそう思った。
「では、君を買ってくれた人の所へ向かおう」
白衣は締めくくりにそう言った。買ってくれた人、というのはそのままの意味で、値段的にはホムンクルスはかなり高価らしい。ペットみたいな感じかな。
和歌を買ったのはある一介の貴族崩れだそうだ。貴族崩れは貴族の地位を色んな理由で剥奪された人のことを言うらしい。
「そこにある服を着たまえ」
白衣がそう言って指差した和歌の横の木製のカゴには、小さな服が入っていた。そう言われて和歌が自分の身体を見ると、素っ裸。
が、肉体年齢のせいか恥ずかしさは全く感じない。
和歌は言われたとおりそこにあった服を着た。
が、何だろう。この何らかの意図が感じられるような服は。
その服は軍服のような飾り気のないものだったが……黒のニーハイソックスややけに短いスカートなど、製作者の意図が微妙ににじみ出ているような気がしないでもない。
まあいいや、と和歌は白衣に向き直った。
と、白衣が和歌をベッドから抱き上げて地面へ下ろす。
「そこの靴を履け。……履けるか?」
白衣は和歌の足元にあった靴を指差し、その靴のごたごたした装飾を見て和歌に訊ねた。
訊ねるということは三歳児にはこの靴は履けない可能性もあると言うことだ。と和歌は考えて、白衣に言う。
「はけません。むずかしいです」
すると白衣はその靴を履かせてくれた。……うん、なんか優越感。
「歩けるか?」
履かせ終わった後白衣が呟くように和歌に訊ねる。和歌はそれにうなずいた。
11/27 誤字訂正
3/10 物語の進行には関係の無い範囲で誤字訂正等