第二一話 最悪の出会い
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ようやくハバモンドの過去が終了いたしました
カッテに抱えられて走られて、王様とやらの部屋の前に着くまではほんの少しだった。
そこでそっと降ろされる。
「……小僧」
「何?」
「何度も言うが、相手を人間だと思うな」
「……わかった」
所詮は子供。その気まぐれに人生を掻き乱された哀れな被害者が今から王を壊してやろうなんて考えていること、カッテやサーレには分からないであろう。
それでも一応は頷いておく。自分を心配してくれているのが純粋に分かる声音であったから。
ああ、私は今嬉しいのだな。そう思った。
「王様、連れて参りました」
「入れろ」
中から聞こえてきたのは、自分の予想と寸分違わぬ少年の声。それも、幼児を最近脱したところのような。
笑いがこみ上げてくるのを抑え、私は無表情を貫いた。
ああ、なんて楽しいのだろう。
これから見る相手が、自分よりはるかに高位な相手が自分に屈服せしめられているところを想像するのは。
そしてそれは、これから現実となるのだ。
大仰な扉が開かれた。
私はまるで罪人にでもなったように両側に大柄な男二人を連れ、外面は何の感情も匂わせないように。
一歩、二歩、三歩。
「小僧、ひざまずけ」
そっと届けられたカッテの助言にかすかに首を縦に振り、言葉どおりひざまずいた。
さすが王族、とでも言おうか。
ちらりと拝見したその一瞬の隙に私の中を占めようとするようなまでの圧倒的存在感。
常人ならば姿を目にするだけで心も何もかも奪われるような、そんなカリスマ性。
そうしてその主は、口を開くのだ。
「お前が、僕の教育係か」
声はひょろっとして頼りなさげだが、やはりそれも記憶に何としてでも残そうと脳が働いているかのように耳から離れない。
しかしその声にはかすかな驚愕が含まれていたように、私は感じた。
まだ幼いとでも思っているのだろうか。しかし視覚に強烈に焼きついた姿からすると、王もまた私と変わらない年齢のようだ。
体格差は、無い。
「はい」
ふとした瞬間に今にも零れ落ちそうな笑みを飲み込み、代わりに答えを口に出す。
「『統治者の玉珠』に、選ばれたものであるか」
「はい」
王様、早く顔を上げろと言ってください。その顔を焼きつけて、そして恐怖で汚して差し上げます。
私は感涙しそうだった。
何て素敵な。
ふうっ、と王様の口からため息が発されるのを聞いた。
「もっと、近くに来い」
抑えきれなかった。
くふりと小さく漏れた、笑いの色に染まった吐息を空気に流す。
今私は、人生最大の歓びを感じている。
「近くに。僕のすぐ側まで来るのだ」
「……はい」
しかし次の瞬間には顔の表情は消して。
人形のように動かぬ表情となった私は、ひざまずいていた体勢からすっと立ち、ゆっくりと王様の側まで歩いていった。
早く移動しては近衛に止められるかも知れない。
だからあくまでもゆっくりと。
王様の元へ移動するにつれ、その容姿が明らかになっていく。
オビマリニ王国の王族の髪と目の色は青色である。
濃淡に多少の違いあれど、皆青にカテゴライズされる色を持って生まれてくる。
それは、ここが龍と水の国と言われる所以である。
その王様の色も青だった。
髪は目の覚めるような鮮やかな深海の色。
その目は晴れ渡った空の色。
頭に大きすぎる王冠を被り、王族の正式衣装と言われる個人個人によって色・柄・形の違うマントを羽織っている。
手には国宝と言われる杖。
オビマリニ王国の紋章である三つの珠が嵌め込まれたそれは、神々しく輝いていた。
「久し振りだな、ライナス」
肩につくかつかないかのところで切られた艶やかな髪を揺らして、彼は私に微笑んだ。
当然、私に王と面会した記憶など無い。
この王様は何を言っているのかと一瞬考えるが、彼はまた笑った。
「覚えてはいないか。なら訊ね方を変える」
すっと軽く息を吸い込んで。
「腹の上に描かれた紋様の具合はどうだ、ライナス」
今度こそ、思考が停止した。
どうして、それを。
ものすごい勢いで渦巻く疑問はいつまでも同じところを阿呆のように回っている。
確かに。
確かに私の腹、臍の少し上ぐらいには孤児院に拾われたときには既にあったと言う紋様が消えずに今も残っている。
しかし。
それをどうして知っている?
「疑問だな、疑問を浮かべたな」
底意地悪く王様はにやりと笑いを浮かべると、言った。
「目は口ほどにとは良く言ったものだ。手に取るように分かるぞ」
つん、と額を突っつかれる。
「それは僕が入れたものだ。お前の親は侯爵だぞ。今はもう死んだがな」
直々に入れてやったんだ、感謝しろ。
そう彼は言ったが、私は頭が回らず全てがよく分からない状態だ。なぜだ。『統治者の玉珠』の力によって私は人並み外れた思考能力を手に入れたはずだろう?
「『統治者の玉珠』?そんな物が本当にお前の頭の回転を良くするとでも思っているのか」
私の思考を読んだかのように。
「よく聞け。『統治者の玉珠』にお前を選ばせたのは僕だ。お前の頭の回転を良くしているのも僕の入れた紋様であり、僕の術式だ。お前の親を殺し、お前を孤児院の前に置き去りにしたのも僕だ」
堪らないと言った風に笑いながら。
「全ては仕組まれた茶番劇だってことだよ、ライナス!ああライナス!僕の可愛い教育係、お前の人生は最初から僕のものだよ!楽しくて仕方が無い!くふっ、あはははっ!あははははははっ!!」
どこまでも楽しそうに、笑った。
「あはは、ははっ、はぁ、はぁ…………ほら、ライナス、何でそんな髪型をしているんだい?女の子みたいじゃあないか」
つぅっと、とても可愛らしく微笑みながら私の喉に手を這わす王様。
開けたくも無い口がそれに応えたかのように開き、私に言葉を口にさせる。
「……っ、それは、呪いだ」
「呪い?」
孤児院時代の、唯一こいつに介入されていないだろう幸せな時代のもの。
帰りたい。
それが適わないならば、せめてこれだけは残しておきたい思い出。
「私が、健康に、長生きできるようにと。幸せになれるようにと」
「じゃあ幸せのほうは要らないな」
さくっ。
そんな間抜けな音が耳元で聞こえたと思ったら、頭の左側が急に軽くなった。
「……あ……っ?」
「だってライナスは僕といるだけで十分幸せだもの。ほら、余計なものを切ってあげたよ」
見慣れた黄金色の長い髪の束を持って、彼は優しく微笑んだ。
「……うあ、ああああああっ?!」
ばしん。
軽い音と共に、王様が倒れる。
「ああああ、うぁああああああああ!!」
私は錯乱していた。
心のよりべを無くしたかのように、本当に天涯孤独になってしまったかのように、そう思えたのだ。
「く、ふふ」
そんな私と対照的に、王様は嬉しそうに笑った。
「ああライナス、ライナス。僕を殴れる唯一の人。嬉しいな。なぁ、ライナスもそう思うだろう?」
殴られた頬を小さい手でいとおしそうに撫でながら。
ぱちん、と彼が指を鳴らす。
途端静まり返った心に、理性と分割された感情が戻ってくる。
「笑って、ライナス。僕の術式は完璧だよ。何も不安なことなんて無い。嫌な物はぜーんぶ僕が忘れさせてあげる!」
しかしもう私にはこの狂った王様をどうにかしようだなんて考えは浮かんでこなかった。
一刻も早く、ここから逃げ出したい。
帰りたい。
何も知らなかったあの頃へ、戻りたい。
「教育係なんて建前だよ。僕は僕を叱ってくれる人が欲しかったのさ!だって僕に面と向かって悪口を言う人なんて今までいなかったもの」
ね、と下から私を見上げるように視線を合わせ、彼は言った。
「ライナス、僕の愛しいライナス、今から僕とお前は友達だね。反論なんて聞かないよ。だってお前にはもう僕しかいないんだから!」
ぎゅ、と握られた手からは、もう逃げられない鎖のような拘束力を感じて。
彼の術式にかけられた私は、ただただ頷くだけしか出来なかった。
それが彼との、最悪な出会い。
あの時のように下から見上げてくる、記憶の中と全く変わらないティルの姿に目をやる。
「覚えていないか?丁度ここだろう?」
ふっ、とティルが一度目を伏せ、再び合わせてくる。
その瞳には、またあの日の危ない輝きが宿っていた。
「……覚えているよ、ライナス。忘れるわけが無いじゃあないか!僕の元から逃げた貴様が帰ってきたのだから、今夜は祝宴だな!」
また叩かれた頬を嬉しそうに撫でながら、ティルはそう言った。
ライナス逃げて!
王様の性格が今とは違うのはあれです。ちゃんとライナスが修正利かしたんです。当初の予定とは違うかったとは言いませんともええ。
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