第十七話 後ろを振り向けば
※今回はハバモンド視点です。
少し、昔話をしよう。
昔々、といってもそれほど昔ではなく、20年程前のこと。
私は孤児院にいた。多分、7歳ぐらいだったと思う。
なぜそこにいたのかは分からない。この世界によくあるように、そしてほとんどのみんなと同じように、私は孤児院の前に捨てられていたそうだ。
孤児院での生活は決して楽では無かったが、もうおばあさんだった院長を筆頭にみんな優しく、私は毎日を楽しく過ごしていた。
井戸で水をくみ、風呂を沸かす。私に与えられた仕事はたったのそれだけだったが、私は喜んで働いた。自分の仕事でみんなを喜ばせられるのがこの上なく嬉しかったのだ。
夜はみんなと並んで大きな布団で眠る。そしてまた朝、自然に朝日の光で眠りから覚める。それはここに来てからの日課だった。
夢は自分の力で孤児院を運営すること。自分の孤児院の子供たちには、ほかの子供たちと変わらないぐらい喜びに満ちた暮らしをさせてあげるんだ、と、毎日のように考えていた。
いつも通りの日だった。かえって、いつもよりもいつも通りらしいような日だった。私の記憶が美化されているだけかもしれないが、きっとそうだったに違いないと思う。
いきなりだった。
それは本当にいきなりだった。
孤児院のドアがバンと大きな音を立てて開き、わらわらと大きな男の人たちが入ってきた。
男たちは孤児院にいる子供を全員集めろと院長に言った。
何が起こったか解らないうちに、みんな狭い孤児院のロビーに集められた。
ただでさえ小さい孤児院が、大きな男たちがたくさん入ったことで更に狭く、小さく見えた。
「お前らのうち、生みの親のはっきりしない者はいるか」
私たちの向かいに並んだ男たちの一番前に立っているリーダーらしき男が、言った。
今まで聞いたことが無い程の大きな声。
ひゅっと誰かが息を呑んだ。
小さな弟や妹たちは泣き出した。姉たちがそれを宥めていたが、その姉たちも泣いていた。
「いるかと聞いているんだ」
声は、更に大きくなる。
ようやく落ち着いたのか、私の耳は質問を受け容れた。
そして私の心の奥からはふつふつと怒りがこみ上げてくる。
何て人の気持ちを考えない人たちなんだろう。私たちにそれを聞くということは、私たちの心に土足で踏み込むも同然なのに。
私は恐怖で開けなかった口を今度は意図的に閉じ、男たちを睨みつけた。
「答えろ!」
鼓膜が破れそうだ。良く見ると男たちは仕立ての良い服を着ている。身分は高そうだ。だが、こんな暴行に身分の尊卑は関係ない。
私はぎゅっと目を瞑った。
「そんなことを聞かずとも、片っ端から片付けていけば良かろう。たったのこれだけしかいないのだ」
別の男の声。
見えないのに、一本の大きな氷が通ったような感覚が背筋に走る。
「……それもそうか」
先程怒鳴っていた男の声が再び。
話していることの意味はさっぱり分からないが、良いことで無いのは分かる。
「そこのお前。お前だ。来い」
一番端にいた人が歩く気配がする。
私は堪らず目を開け、声を上げた。
「何をする気だ」
ぴたりと止まるみんな。と、男たち。
「ライナス!」
院長の声。ふとそちらを見て、気付く。院長は男たちのうちの一人に捕まえられていた。道理で、今までみんな静かにしているわけだ。自分たちが何かを言うと院長は殺されるかもしれないというその恐怖で。卑劣な手段だ。
「こんなことして、俺たちをどうする気だ!」
睨む。強く睨みつける。
その時の私は怒りに我を忘れていて、自分が何をしているか良く分かっていなかった。
「良い度胸じゃないか、小僧」
怒鳴っていたあの男が私に近づいてくる。
そして私はいとも簡単に男に首根っこを掴まれ、別の男の前へ連れて行かれた。
「サーレ、こいつが先だ」
どんと床に放り出される。硬い床に尻をしこたま打ち付け、私は呻いた。
「良いのだな?カッテ」
「ああ」
また訳の分からない話。
「何をする気むぐっ」
「黙ってろ」
カッテと呼ばれた男が人差し指を私に向けると同時に、私の口が勝手に閉じた。
「むぐっ、うーうー!」
恐らくは魔術だろう。魔力を持っていても魔術が使える存在は稀なため、魔術を見たのは初めてだ。魔術を、受けるのも。
「ライナス、ライナス!」
院長が何度も叫ぶ。
「うるさい」
また、魔術。
「早くしろ」
「せっかちだな。……こっちに来い、小僧。来たならあの婆は殺さずにいてやる」
私は下を向いた。そしてサーレと呼ばれた男の所へ歩いていく。
悔しい。こいつらに従うことでしかみんなを救えないのが、ものすごく悔しい。
「腕を出せ」
言われるままに腕を出す。サーレとやらは私の腕を掴むと、徐に取り出した青い宝石のようなものを私の腕に押し付けた。
「むーッ、むぐ――――――――!」
熱い。
熱い、熱い。とにかく熱い。
涙が溢れる。
青い宝石が目まぐるしく色を変えて、煙のようなものを上げた。
頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたような感覚。脳みそがどろりと溶け出すような、嫌な感覚。
熱くて熱くてのた打ち回りたいのに、誰かが私を羽交い絞めにして放さない。精々が手足をばたつかせるぐらい。
心臓がうるさい。
「ぐ、むぅ」
苦しい。
ずるりと身体の中から何かが引き出されるような感じがする。
身体の中の血が全部沸騰してしまいそうな熱さが最後に私を襲い、次の瞬間にはそれは嘘のように消えていった。
腕から宝石を離された後、私は地面に転がったまま起き上がれなかった。
「どうだ?」
「……カッテ、こいつだ」
男たちが私を見ながら話しているが、内容が耳に入ってこない。
「そいつぁ傑作だ。じゃあ、帰るか」
宙に浮くような感覚。誰かが私をかつぎ上げたようだ。
「お兄ちゃんっ」
「ライナス!」
私を呼ぶ声がする。同じ孤児院の妹と、兄だ。
次第にそれは遠ざかり、私はまるで眠るように意識を落とした。
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