第十三話 穴あき馬車の進む先
今度は優しく、ゆっくりと。派手に吹き飛んだ、下手な屋外より風通しの良い馬車が進む。
車輪が壊れなかったのは幸いか。
しかしクッションは見るも無残な状態と化していたので、ワカは泣く泣く墓地のゴミ箱に眠らせてきた。お陰でお尻が馬車の動きに合わせて右へ左へ痛む。
あうあうとお尻の下に手を敷き、丁度手をクッション代わりにするようにしているがそれでもワカは半泣きだった。口は開けない。ガタガタとうるさいぐらい揺れる馬車の中では舌を噛むから。
『あー、あなあいてるー』
そんなワカの隣で響く能天気な声。ついさっき晴れてハバモンドの守護霊となったユリシェリナは、空中にぷかぷか浮きながら馬車のあちこちに空いた穴を眺めている。
『ねーおねえさまぁ。だいじょうぶ?』
ワカが立ちすくむほどの殺気はどこへやら。
結局あの後馬車を何とか走らせるまでの雑用の中でハバモンドが語った内容によると、どうやらワカは一人ぼっちであるユリシェリナの「姉」としてハバモンド邸にやって来る予定だったそうだ。
しかしワカが来る少し前に、ユリシェリナは流行り病に罹ってあっけなく死んだ。
で、傷も癒えないうち|(一ヵ月後ぐらい)にワカがにっこり来たものだから、ユリシェリナとの思い出が蘇って、きっとハバモンドはあの態度だったのだろう。
ユリシェリナも、元から姉として接する予定だったワカに邪険な態度をとるはずが無い。現に今のワカに接する態度には何の棘も無い。
あれは単なる勘違いだったのだろう。きっとそうだ。
『かぜがきもちいいね』
ユリシェリナが御者席のハバモンドに話しかける。御者席は吹っ飛んだ影響で荷台との間の壁が取り払われ、今ではすっきりとハバモンドの姿が見える。
風が何たらというユリシェリナの物理法則関与の条件とかがどうなっているか甚だ疑問だが、そんな難しい事はさておきワカは一先ず和んでおいた。猫耳と尻尾超可愛い。
「私としてはもう少し速く走らせたいんだがね……馬車が壊れそうだから」
はあ、とため息をつくハバモンド。どうやらゆっくりだとワカが思っていた速度は、ハバモンドが望んだものでは無いらしい。
それに馬たちの様子もおかしいと思った。どこと無くおびえているようなその態度にワカはようやく合点がいった。そういえば二回も地面に叩きつけられたのだ。おびえるのも無理はなかろう。
しかし身体には大した問題は無さそうなので、安心した。
見たところ怪我はしていないみたいだし、ちゃんと角もあるし、きっと疲れているだけだろう。
「…………って、角おぉぉっ?!」
『いきなりさけんでどうしたの、おねえさま』
「どうしたんだ、ワカ」
ユリシェリナとハバモンドの声が見事に重なるが、ワカはそれどころではない。馬に生えた大きな一本角を見、次にその体色を見、叫ぶ。
「まさか一角獣?……色、は、黄土色だけど」
その体色のせいで今まで角があるのに気付かなかったのだろう。
「うん?ワカの元いた世界にはユニコーンはいなかったのかい?」
だらだらと歩く速度になったユニコーンにハバモンドが鞭を一閃、二閃。
仕方ないとばかりにユニコーンが速度を上げる。墓場からの帰り道は整備されているとは言え、そこまで馬車の通りの多い道ではない。
お陰で雨が降った後のぬかるみは放置、子供がいたずらで置いた石のタワーも放置というお世辞にも良い道とは言えないのだ。
と言うわけで砂利なんかに車輪が乗り上げると、
「………う…っっ!!」
舌を噛む。
地球でのユニコーンのあり方について説明しようとしたワカは、口を押さえてのた打ち回る羽目になった。
『だ、だいじょうぶ……?』
「大丈夫か、ワカ」
「だい、じょーぶ……だから、前見て、お父様」
血は出ていないようだ。
脳天まで突き抜けたような痛みに顔をしかめながら、ワカはもう一度口を開いた。
「ユニコーンは物語上の生き物で、実際にはいなかったの」
「ふーん、そうか。……ああ、でも、ワカがいた世界でもユニコーンは純白だったろ?」
「うん、白くないユニコーンもいたのかも知れないけど、私は聞いた事ないよ」
「こっちの世界でもそうなんだよな。神の使いで、純白じゃないとユニコーンじゃないって言うような扱いでさ」
ハバモンドが目を細める。
「こいつらも安値で二頭まとめて売られてたんだが、力はあるし良く働くし言う事も良く聞くし、何で教会はこんな良い奴らを追い出すんだろうな」
ピュ――――――
そこまでハバモンドが言った所で、不思議な電子音のようなものがハバモンドの更に向こうから聞こえてくる。
「……この音、何?」
『ユニコーンがだしてるおとだよ。なきごえかなぁ』
ユリシェリナが首を傾げる。
「鳴き声だよ」
ハバモンドが言った。
「可愛いだろ。普通の馬だとこうはいかないぞ」
そしてにやりと笑う。
そこで、馬車がたくさん通っている大通りに出た。
「さあ、そろそろ王城へ行こうか」
『おねえさまが、ほんとうにおねえさまになれるようにね』
そう言うと、ユリシェリナがまるでワカに肩車をしてもらっているような形で浮いた。位置的には肩に乗っているのだが、ワカは重さを感じない。
ワカは自分の戸籍がまだできていないと言う事をすっかり忘れていた。
そして、兄を探すと言う目的さえも。
明るく笑うハバモンドとユリシェリナの優しさに、自分の存在意義を忘れてしまえるほど嬉しかった。
「……うん、そうだね」
うなずく。
兄が全てだったあの頃よりは少し成長できただろうか。
自問してみるが、全く成長していないという声がどこからか聞こえてきて、苦笑する。
確かに変わっていない。
少なくとも、兄を追いかけて異世界にまで結果的には来てしまうほど、自分はまだ兄離れが出来ていない。
これからは成長できるだろうか。
『おねえさま、みて!』
ふ、と、ユリシェリナの声に現実へかえされた。
ワカはユリシェリナの指差す方向に目を向ける。途端、考え事も何もかも吹き飛んだ。
「何、あれ?」
ひゅっと喉が変な音を立てるのに、ワカ自身気付いていた。
「ふふ……すごいだろう?王城だよ」
どこか自慢げにハバモンドが言う。
目の前にあったのは、ハバモンドが言ったとおり、王城。
ただし、規模はワカが思っていたよりはるか上。下手をすれば、屋敷内の移動だけで馬車を持ち出さねばならぬ程の大きさ。
ハバモンドの屋敷なんて、これに比べたらおもちゃだ。
普通の家がミニチュアに感じられてくる程、規格外。もう測る気すら起こらない。
さすがに王城へ向かう道だけあって、豪華な馬車がずらりと並ぶ。穴あき馬車でその道にいることが恥ずかしいぐらいなのに、ハバモンドは臆さずにどんどん進んでいく。
規格外の屋敷に備え付けられた、規格外の門。
その門へ近づけば近づくほど、ワカにはどうも馬車が王城に呑み込まれているような気がし
て、仕方が無いのだった。
次回、ようやく王様登場です
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