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第十二話 肩の上

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まるで夢のようです。



「ああ……」

 本気なのだ、と。

 ワカは本当に、生と死の世界に別れてしまった自分とユリシェリナ(リズ)の間を繋ぐつもりなのだと、ハバモンドは思った。

 それなら、ワカに生えた角や羽等にも説明がつく。ワカは、あの頑固なユリシェリナを説得するために

そうしたに違いない。

 ハバモンドは自然と笑いがこみ上げてくるのを感じた。真剣なワカの表情に、今笑ったら不謹慎(ふきんしん)かと笑いを噛み殺したが、殺しきれずに少し表に出る。

 ああ、ワカ。研究所に好意的なイメージを持ったのは今が初めてだよ。

 本当に、本当に研究所も(いき)な贈り物をしてくれた!


「……ありがとう」

「ふぇ?」

 こんな返答が帰ってくるとは思っていなかったのだろう。表情を一転させてきょとんとした顔でこちらを見たワカの頭を撫でる。

 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。愉快で仕方が無い。ハバモンドの心の奥に、ほんのりと暖かいものが宿った。

 もうハバモンドはこみ上げた笑いを噛み殺さない。そのまま、エネルギーとして蓄積(ちくせき)させる。

 それなら、期待に答えてやろうじゃないか。可愛い可愛い愛娘(まなむすめ)のために。

「……リズ、聞こえるか?」


 ハバモンドの声を受け、ぴくり、とユリシェリナが反応した。

『お……さま……』

 ユリシェリナがチリチリと薄い紙も燃えた時のように空中へと消えかけていた、それが止まる。

「私は大丈夫だ。安心して、聞いてくれ。お前が攻撃していたこいつは、お前が楽しみにした“姉”だ。リズの敵じゃない。さっきも聞いたとは思うが、ワカ・ユーミィ・ハバモンドと言う名前だ」

 ワカの視線を追って、ユリシェリナのいる方向を見たハバモンドが静かに、聞き分けの無い子供にゆっくりと言い聞かせるように言葉を(つむ)ぐ。

「リズは謝らなくていい。ワカも、謝らなくていい。お互いが、お互いの悪かった所を反省して、これからは気を付けるようにしたらいい」

 一言一言、言葉を選ぶように。一触即発危機一髪、何よりその言葉が似合うような緊迫した空気の中で。


 ワカは思った。

 ハバモンドは、魔法を使えない分人の心の機微(きび)についてとても繊細(せんさい)なのだと。

 剣と魔法、特に魔法が全てのような風潮(ふうちょう)のあるこの世界の中で、魔法を使えないと言う事はそれだけで人よりスタートラインが後ろにあると言う事だ。

 そして、ハバモンドが恐らく魔法が使えなくなったのは生まれつきではなく、途中から。それも神の祝福と言う特殊な事情で。ワカは、魔法を使おうと何かに手をかざして顔をしかめるハバモンドを屋敷で何回か見た。もし魔法が生まれつき使えないならば、そもそも魔法を使おうとしないだろう。

 中途で魔法を奪われたと言うショックは如何程ばかりのものだっただろう。腕をもがれた、脚を千切られた、恐らくはそんな直接的な表現ではとても表しきれないものだろう。神を呪ったかも知れない。自分で自分を傷付けたかも知れない。人を信じられなくなったかも知れない。

 あれほど大きな屋敷で使用人が一人もいないと言うのも、それに関係しているのかも知れない。でも、それらは全て推測でしかない。

 貴族であるには、魔法を使える事が必要不可欠なのだろう。ワカはそう考えた。私《ワカ》が知らないだけかもしれないが、ハバモンドには、それ以外に欠点が無い。ハバモンドの元の立場である侯爵は、王族を離れた元王族が(さず)かると言う事すらある、とても高い位だ。そんな位につくぐらいだから、ハバモンドが王様と関係が無いという事は無いだろう。王族の命を狙ったりしたのならば即刻反逆罪で死刑か良くても爵位財産全てを奪った後、国外追放だ。屋敷があること、そして屋敷があるところを(かんが)みた上で、それはあり得ない。

 ハバモンドは言っていた。自分が魔法を使えないのを知っているのは王様とそれに近しい人とお隣さんだけだ、と。王様とは決して無関係ではないハバモンドですら、爵位を奪われる程、魔法と言うものはとても重要なものなのだ。この世界を生きるにおいて。

 平民同士のちょっとした(いさか)い、貴族同士のにらみ合い、果ては子供の喧嘩(けんか)など、争いと名のつく物には全て魔法が関わってくるこの世界で争いに巻き込まれたとして、相手が魔法を使わないようにする為には話し合いや、剣のみの闘い或いは決闘に相手を引きずりこまなければならない。その時最も必要なものは言葉である。無駄に挑発せず、魔法を使わないで済むように、なるべく争いを回避する。人の心の動きが読めなければ、それは不可能だ。

 これまで、ハバモンドはそれでどれだけ心をすり減らして来ただろうか。

 これ以上ハバモンドに負担をかけてはいけない。

 ハバモンド(お父様)は、(ワカ)が守らなければ。


 そこまでワカが考えを進めた所で、ユリシェリナに動きがあった。

 ゆるゆると風に流されるように、でも確かにハバモンドに向けて移動しだしたのだ。

「……動いてる」

 思わずワカはそう口にする。ハバモンドがちらと横目でこちらを見たが、気にしない。

「リズ、頑張って」

「ワカ……?」

 ユリシェリナのいるであろう方を見ながらしかし、ワカに少し注意を払っていたハバモンドは驚いた。

 ワカの「変身」が、解けたのだ。

 柔らかな黒い光に包まれて消える角や翼にワカは気付いていない。そればかりか、それら黒い光はふよふよと空中をユリシェリナに負けず劣らずの(ゆる)いスピードで、ハバモンドの方向に向かってくる。

『おとうさま、……おねえさま』

「リズ……!?」

 はっ、と息を()んだワカに気付き、ハバモンドは目の前に注意を向けた。

 そこには黒い光がまるで糸のように、ハバモンドの手のひらと空中の何も無い所を……

「……リズ?」

 ……一瞬、ハバモンドは目の前に黒い糸を(つか)んだユリシェリナの姿を垣間(かいま)見る。

 幻影のように薄いそれは、黒い光に導かれるようにハバモンドに向かってきた。


「「おかえり」」

 ユリシェリナが完全にハバモンドに重なった瞬間。

 ワカと、ハバモンドは同時に呟き、そして顔を見合わせ、笑った。


『ただいま』

 気付けば元のように完全な姿になったユリシェリナが、ハバモンドの肩の上で笑っていた。




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