表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

第十話 幽霊の果ては




『おまえっ……なにをした!』

「別に?何でもうわっ……無い、けど怖っ!」

 細かい破片になっても操られていた墓石は墓石のまま。操られているのは変わらない。

 だから、ワカに向かって物理法則と常識を逸した速度で飛んでくるのも変わらない。むしろ数が増えた分かわすのが大変。

『わたしは、わたしはおとうさまとしあわせなせいかつをおくりたいだけなのに、なんで、なんで!』

 幽霊のくせに、いや、怨霊のくせにぼろぼろと大粒の涙を流して、宙に浮いているのに地団駄(じだんだ)を踏む。

 ワカはユリシェリナのその様子に少し唖然として立ち止まり、慌ててまた飛んできた欠片を避ける。

 その欠片は今までより速く、重く。だというのにユリシェリナは疲れた様子すら見せない。

(幽霊だって疲れるはずなのに)

 今までのものが仮に矢だとしたら、今のはまるで銃弾。

(という事は、だんだん力が強くなってきている。……怨念(おんねん)のせい?)

「いや、だから邪魔しようとしてぎゃっ、るんじゃあなくて痛っ」

 そしてワカはそんなユリシェリナを前に、考えた。

 たとえどんな力を持っていようが、ユリシェリナはまだ幼児なのだ。その目的も他愛のないものだし、善悪判断も普通の子供と別段変わるところがあるわけではない。むしろ墓場に近づかなければいいだけ。対策も容易に立てられる。

 でも、(ワカ)が来た時点でユリシェリナはワカに対し、殺意を覚えるようになってしまった。

 だからこれから先ユリシェリナは、ワカを憎み、呪い続けることで力をだんだん増していくことが出来るようになってしまう。

 このままでは墓場から怨霊のまま出ることが出来るようになってしまうだろうし、お父様(ハバモンド)の娘になろうとしている人だけではなく、最終的にはハバモンドに近づく人まで排除しようとするだろう。

 そうなれば最後、ゲームのように依頼(クエスト)の中で討伐(とうばつ)対象となってしまう。

 いくら自分の命を現在進行形で奪い取ろうとしている相手でも、ハバモンドの娘であり、もし生きていれば自分と同居したり、果ては姉妹だったかもしれない人なのだ。

 そんな風に、まるでモンスターのように扱われるようになってしまうのは、とても嫌だ。

 ならば、とワカは自分の中でひとつ、策を立てた。


 

 子供だましとは言うけれど、子供を(だま)すのは、大人を騙すのより何百倍も難しい。

 ユリシェリナの目的を叶えるのは、きっと簡単だ。

 だから、とても難しい。

 これからワカは子供だましと大人だまし、その両方をやってのけなくてはいけないのだから。



『だまれ!』

 一際強くユリシェリナが吼えた。

 その顔には少しの悲しみと焦り、そしてかすかに苛立ちが浮かんでいる。

 (こぼ)れた涙はユリシェリナの白い(ほお)を伝い、地面に落ちる前に蒸発でもしたかのように消えるということを繰り返している。

 ユリシェリナがその華奢(きゃしゃ)な手を横に一()ぎすると、ワカに今まで浴びせられていた墓石の欠片全てが浮き上がった。

 そして間髪を容れずびゅんびゅん飛んでくる墓石の欠片を、竜人族になったことで上がった動体視力を利用して避けたりあまりダメージを受けなさそうな欠片に当たったりしながら、ワカは少しずつ、少しずつユリシェリナとの間合いを詰めていく。


「ねぇ」

 そんな攻防の中、ワカはユリシェリナに話しかけた。

『…………』

 ユリシェリナは反応しない。

 ワカは苦笑して、もう一度。

「ねぇって」

『だまれっ』

 ユリシェリナの攻撃はもう先程までのような精神攻撃を伴うものではなく、もっと直情的なもの。

 その証拠として、今までの経験から当たるわけがないと分かっているのにワカの声のする方、姿の見える方にそのまま墓石を飛ばしてくる。

 それでも力は加速度的に強くなっているので、時々ワカに当たりそうになる。

 ワカはユリシェリナの集中力が切れたのかと思ったが、そうではなかった。

 ユリシェリナの顔にはもう、はっきりと焦りが見て取れる。

 何をそう焦っているのか。ワカはそれを怪訝(けげん)に思いながら走った。


『ふ……ぐ、ぅ……』

 焦ったユリシェリナがワカに墓石を投げつけて、ワカがそれを避ける。

 その単調な繰り返しの中、ユリシェリナに異変が現れたのは最後にワカが話しかけてから十分もした頃だった。

 ユリシェリナが自身の身体を抱えて、空中でうずくまったのだ。

 同時に二人の周りで浮いていた墓石もばらばらと地面に落ちる。


『ぃや、だ……やだやだ!きえるのはいやだっ!!』


 ぎゅう、と強く自分の肩を抱きしめながら、ユリシェリナはツインテールの頭を振る。

「……え、何……消える?」

 攻撃が止み、墓石を避ける必要がなくなったワカは小走りでユリシェリナに近づいた。

「大丈夫!?……ねぇ、ねぇって!」

 ユリシェリナに触れようとしてはすかすかとすり抜けるのも構わず、ワカはユリシェリナに呼びかけ続ける。

『いやぁっ……こわい、こわいよぉ……』

 不意に、何かが割れるような音がした。

『きゃぁああっ!……なに、これぇ……っ』

 ユリシェリナは自分の手を見つめて、自身の顔に触れて目を見開いた。

 何事かとワカはユリシェリナの顔を覗き込む。


 ユリシェリナの手の中には何か黒いものが。

「…………っ!」



 ユリシェリナの涙が、黒く染まっていた。




誤字・脱字等ありましたら感想フォームまで


お手数をおかけします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ