第十話 幽霊の果ては
『おまえっ……なにをした!』
「別に?何でもうわっ……無い、けど怖っ!」
細かい破片になっても操られていた墓石は墓石のまま。操られているのは変わらない。
だから、ワカに向かって物理法則と常識を逸した速度で飛んでくるのも変わらない。むしろ数が増えた分かわすのが大変。
『わたしは、わたしはおとうさまとしあわせなせいかつをおくりたいだけなのに、なんで、なんで!』
幽霊のくせに、いや、怨霊のくせにぼろぼろと大粒の涙を流して、宙に浮いているのに地団駄を踏む。
ワカはユリシェリナのその様子に少し唖然として立ち止まり、慌ててまた飛んできた欠片を避ける。
その欠片は今までより速く、重く。だというのにユリシェリナは疲れた様子すら見せない。
(幽霊だって疲れるはずなのに)
今までのものが仮に矢だとしたら、今のはまるで銃弾。
(という事は、だんだん力が強くなってきている。……怨念のせい?)
「いや、だから邪魔しようとしてぎゃっ、るんじゃあなくて痛っ」
そしてワカはそんなユリシェリナを前に、考えた。
たとえどんな力を持っていようが、ユリシェリナはまだ幼児なのだ。その目的も他愛のないものだし、善悪判断も普通の子供と別段変わるところがあるわけではない。むしろ墓場に近づかなければいいだけ。対策も容易に立てられる。
でも、私が来た時点でユリシェリナはワカに対し、殺意を覚えるようになってしまった。
だからこれから先ユリシェリナは、ワカを憎み、呪い続けることで力をだんだん増していくことが出来るようになってしまう。
このままでは墓場から怨霊のまま出ることが出来るようになってしまうだろうし、お父様の娘になろうとしている人だけではなく、最終的にはハバモンドに近づく人まで排除しようとするだろう。
そうなれば最後、ゲームのように依頼の中で討伐対象となってしまう。
いくら自分の命を現在進行形で奪い取ろうとしている相手でも、ハバモンドの娘であり、もし生きていれば自分と同居したり、果ては姉妹だったかもしれない人なのだ。
そんな風に、まるでモンスターのように扱われるようになってしまうのは、とても嫌だ。
ならば、とワカは自分の中でひとつ、策を立てた。
子供だましとは言うけれど、子供を騙すのは、大人を騙すのより何百倍も難しい。
ユリシェリナの目的を叶えるのは、きっと簡単だ。
だから、とても難しい。
これからワカは子供だましと大人だまし、その両方をやってのけなくてはいけないのだから。
『だまれ!』
一際強くユリシェリナが吼えた。
その顔には少しの悲しみと焦り、そしてかすかに苛立ちが浮かんでいる。
零れた涙はユリシェリナの白い頬を伝い、地面に落ちる前に蒸発でもしたかのように消えるということを繰り返している。
ユリシェリナがその華奢な手を横に一薙ぎすると、ワカに今まで浴びせられていた墓石の欠片全てが浮き上がった。
そして間髪を容れずびゅんびゅん飛んでくる墓石の欠片を、竜人族になったことで上がった動体視力を利用して避けたりあまりダメージを受けなさそうな欠片に当たったりしながら、ワカは少しずつ、少しずつユリシェリナとの間合いを詰めていく。
「ねぇ」
そんな攻防の中、ワカはユリシェリナに話しかけた。
『…………』
ユリシェリナは反応しない。
ワカは苦笑して、もう一度。
「ねぇって」
『だまれっ』
ユリシェリナの攻撃はもう先程までのような精神攻撃を伴うものではなく、もっと直情的なもの。
その証拠として、今までの経験から当たるわけがないと分かっているのにワカの声のする方、姿の見える方にそのまま墓石を飛ばしてくる。
それでも力は加速度的に強くなっているので、時々ワカに当たりそうになる。
ワカはユリシェリナの集中力が切れたのかと思ったが、そうではなかった。
ユリシェリナの顔にはもう、はっきりと焦りが見て取れる。
何をそう焦っているのか。ワカはそれを怪訝に思いながら走った。
『ふ……ぐ、ぅ……』
焦ったユリシェリナがワカに墓石を投げつけて、ワカがそれを避ける。
その単調な繰り返しの中、ユリシェリナに異変が現れたのは最後にワカが話しかけてから十分もした頃だった。
ユリシェリナが自身の身体を抱えて、空中でうずくまったのだ。
同時に二人の周りで浮いていた墓石もばらばらと地面に落ちる。
『ぃや、だ……やだやだ!きえるのはいやだっ!!』
ぎゅう、と強く自分の肩を抱きしめながら、ユリシェリナはツインテールの頭を振る。
「……え、何……消える?」
攻撃が止み、墓石を避ける必要がなくなったワカは小走りでユリシェリナに近づいた。
「大丈夫!?……ねぇ、ねぇって!」
ユリシェリナに触れようとしてはすかすかとすり抜けるのも構わず、ワカはユリシェリナに呼びかけ続ける。
『いやぁっ……こわい、こわいよぉ……』
不意に、何かが割れるような音がした。
『きゃぁああっ!……なに、これぇ……っ』
ユリシェリナは自分の手を見つめて、自身の顔に触れて目を見開いた。
何事かとワカはユリシェリナの顔を覗き込む。
ユリシェリナの手の中には何か黒いものが。
「…………っ!」
ユリシェリナの涙が、黒く染まっていた。
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