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神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第二章 【似非合同】 
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第三十五話  〃  18

「……え?」と斗米憐乃はあっけに取られたような、実にかわいらしい声を出した。それは先ほどまで聞いていた酷薄な声ではなく、無邪気な子供のようだった。

「だからな」と懇々と諭すようにいって、「天体観測部の集団自殺は、斗米憐乃。あんたが糸を引いてたってことだよ」と語尾を荒げることなく、静かに述べる。「天体観測部の連中を自殺させたのも、転寝棗を自殺させたのも、全部あんたが一枚どころか千枚くらい噛んでたんだ」

「……突拍子もない話ね。いきなり何をいいだすかと思ったら」

「確かに突拍子もない話だな。それは俺も自覚している。けど」

「けど?」

「結構、自信、ある」と自信がなくて、片言になる。「だからこんな、探偵みたいなことをするんだよ」

「ぜひ聴講願いたいわね。私も興味あるわ。あなたのくだらない、法螺話のような、与太話のような、荒唐無稽で稚拙な推理を」と冷静な自分を取り戻したのか、地を這うように安定した声色。「そして、観察させてもらうわ。私の舌鋒の前に、たやすく持論を論破されて膝が崩れるあなたの、愚鈍で、傲慢で、粗悪な自信が瓦解する様を」

「……性格悪すぎだろ、あんた。あれだけ長い文を舌を噛まずにいえたことが驚きだよ」

「軟弱なあなたとは鍛え方が違うのよ」

 違いない、と嘲笑して、「あんたのいうとおり、俺の推理は劣悪で、乱暴で、こじつけの暴論。状況証拠ばかりで構成されている。いってみれば空想の産物と変わらないんだが――今となってはもう遅い。あんたは逃げられないぞ、この俺からな」とかいい放つ。




「きっかけはとある自殺サイトだ。そのサイト名は――天岩戸。おそらく古事記からとったものだろうな。これは歪の請負なんだが、天照大神が一時隠棲した岩窟だ。これくらいはあんたも知ってるだろ?」

「勿論。で、それがどうかしたのかしら」と斗米憐乃は問う。凛と澄み切った双眸は、無感動に俺を見つめていた。

 それほど間をためることもなく、「あのサイトの製作者――あんただろ」と単刀直入にいった。

 斗米憐乃は無表情のままだった。能面を顔にかぶせたような、そんな一切の色彩が抜け落ちた表情。

 無反応ではあるが、構わず続ける。「そのサイト――天岩戸には、集団自殺をほのめかすスレッドがあった。そしてそれは、雨稜高校における天体観測部の集団自殺を彷彿とさせるものだった。コメントに書かれた内容と、天体観測部の集団自殺には似通った点がいくつもあったしな。部活仲間と死ぬとか、夜空を眺めながら死ぬ――とか。ほら、まさに天体観測だろ、それ。つまり、無理やり結論付けてみれば、あのスレッドは実は――雨稜高校天体観測部の集団自殺予告そのものだったんだ。いかにもバカバカしくてくだらないだろ? けど、違うんだよ。この妄想のような推測を現状に当てはめてみれば、ぴったりと符合するんだ。奇妙な個所が全て縫合されるんだよ」

「奇妙な点?」

「そうだ。この自殺サイト――天岩戸には不可解な点が多い」といって、「まず一点目」と人差し指を立てる。まさに探偵の動きそのものだ。「それはサイトに書かれていた地域の共通性だ」

「地域の――共通性? ……そんな自殺サイトに何らかの規則性があるのかしら」と若干の間を作る。その間隙を慰めるように、一陣の風が吹いた。

「それがあるんだ。それもひどく簡単な――分かりやすい法則が」といって、「それは――日和見村を中心にサークルを形成している、ということ」ともいった。

 斗米憐乃は不思議そうな顔をした。漆黒の瞳が、闇にとける。服装も真っ黒だからか、彼女の姿は渾然と闇に紛れこんだ。

 ただ。

 それでも、火の穂は赤々と存在を誇示していた。それだけが斗米憐乃の位置を示している。

「日和見村周辺の地図を用意する。そこに天岩戸に書かれた自殺予定地や、サイト内で登場した場所を、マーカーで塗る。するとどうだ。県を一つか二つかまたいではいるものの、日和見村を中心にして、地名が展開されていたんだよ。それもそのはずで、天岩戸には製作者の住む県にのみホームページが閲覧できるよう、検索サイトに登録してたんだから。天岩戸はいわば、地域密着型の自殺サイトだったんだ」

 斗米憐乃もだんだん飲み込めてきたらしい。「あなたのいう天岩戸のサイト主は、日和見村か、あるいは日和見村の準じる△県の住人かもしれないってことかしら」

「その可能性は高い。プラスして自殺の決行日は、ほぼ百パーセントサイト主が決定する。勿論場所もな。それは決まって休日。自殺志願者も提示された日にちや場所に不平を漏らすことなく、従順に集合する。当然だろうな。これから自殺するのにいちいち曜日だ場所だと拘泥する奴はなかなかいない。仏滅だから死ぬのは縁起が悪いとか、笑えてくるだろ。自殺志願者にとって大事なことは、時間でも場所でもない。同じ志を持つ仲間と共に死ぬことと、それを温かく見守るサイト主が来ることだけだ。それ以外のことはどうだっていいんだよ。――ああ、いい忘れていたが、この自殺サイトの恒例で、決まってサイト主が集団自殺の前に会合を開くんだ。そこで自殺志願者は人生最後の愚痴をいったり、懺悔をしたり、苦しみや悲しみを吐露する。そういう自殺前の儀礼があるんだ。んで、死ぬわけだ。自殺志願者はそうやって、唯々諾々と、サイト主が用意したレールに乗っかって――死ぬ。そしてこの事実はある可能性を示唆している」

「……何かしら?」

「決行日が休日ってことは、サイト主は昼間に暇してるってことだよ。おそらく、サイト主は学生か二ート、あるいは無職のフリーター。俺も突っ込んだところまでは分からない。天岩戸にはなんにも乗ってなかったからな、個人情報も何もかも。サイト主もそれなりに用心深いようなんだが、これである程度範囲を狭めることができた」

「日和見村在住で、学生か、ニートか、無職か――。まあ、特定はできるでしょうね。けど、それだけで――たったそれだけの情報で、私を犯人だと決めつけるのは時期尚早、牽強付会(けんきょうふかい)といわざるを得ないわ」

 夜は鮮やかに暗黒を増してきている。姿なき声は、峻厳と言及の手を緩めない。影のように忍び寄る。そして余韻だけを残して去っていく。

 斗米憐乃の反駁はもっともなものだった。それだけのことで犯人だと断定されれば、誰だって理不尽だと思うはずだ。

 それでも。

 斗米憐乃の追及をかわして、第二の点を述べる。「次いで第二の点。実はあんた――催眠術が使えるんだろ? 嘘だとはいわせない」

「……はあ? 意味が分からないわ。催眠術が使える……? 繰り言もいきすぎると、笑えないわよ」と苦言を呈する。火花で照らされた顔は、苦虫を潰したようだった。

 催眠術。

 まあ、繰り言だろうね。

 しかし。

「催眠術といっても大層なものじゃない。簡単なトリックみたいなものさ。それであんた。催眠誘導――という催眠法を知ってるか?」

「催眠誘導……?」

「何日か前に俺と歪で、あんたに天体観測部の集団自殺について訊いてたときの話だ。あのときあんたは――先刻の催眠誘導を敢行してたんだ」

「……なぜ、そう思うのかしら?」

「質問をされたときの視線で、その人の五感の中でもっとも優越する感覚を知ることのできるテスト――ってのがある。元来人間には三種類の優位感覚があるんだ。――聴覚優位タイプ、視覚優位タイプ、触覚優位タイプ。個々の特性にあった優位感覚を刺激することができれば、ある程度そいつを催眠にかかりやすくすることができる。それが感覚テストだ。そしてあんたは俺にその感覚テストを行った。まあ、感覚テストっていっても、目の動きで判断するだけなんだけどな。しこうして、そこであんたは俺が視覚優位タイプであることを見抜いた。その後、俺はまんまとあんたの術中に嵌まってしまったんだ。あああ、あんたには釈迦に説法かもしれないが、視線優位タイプってのは、映像を用いて過去を思い出すタイプの人間のことだ。そうして催眠術師は個々別々のタイプに合った催眠をする。この場合は視覚に訴えるタイプの催眠が有効であるというわけだ。実質あんたは、なんの脈絡もなく俺の一日の行動をおおざっぱになぞっていった。――視覚情報を大量に盛り込みながらな。そうしてあんたは、俺の潜在意識のガードを解いた。一方の俺は優位感覚を刺激されて、催眠にかかりやすい状態となった。だからああも簡単に、『頭が上がらなくなる』という命令を受け入れてしまった」

 斗米憐乃は不可解そうな表情を作った。「あなたのいいたいことは、まあ、分からなくもない。けど、あなた。なんでそんなこと知ってるの? どうしてそんなに催眠に詳しいの?」

 俺は苦笑を浮かべながら、「俺の母親がやたらとそういうのに詳しかったんだよ」と皮肉げに唇を吊りあげた。「俺の母親はエセ占い師で、胡散臭い催眠術で生計を立ててたんだ。それで、その母親はやたらと俺に催眠術のイロハを教えるんだ。そのせいか、俺は妙に催眠術についての造詣が深くなっちまった。なんだかんだでこなす俺もバカだが、いざって時に役に立つって教える母親のほうも、相当バカやってるだろ」

 そういって複雑な表情を浮かべると、斗米憐のは精巧な人形のような笑みを浮かべた。「別にいいじゃない。話を続けて頂戴。あなたの身の上話なんか、どうでもいいわ」

 はいはい、と薄ら笑いを浮かべて、一転、真顔を作った。

「『頭が上がらなくなる』。つまり視線を斗米憐乃から外さざるを得ない状況を作るために行われたもの。あんたは俺の勢いをそぎたかったのさ。視線っていうのは存外、そいつの意志の強弱を表す。意志が強けりゃ、相手のいる方向にまっすぐ向けられるし、意志が弱けりゃ、前も見られない。あんたはそうやって心理的に俺を追いつめたかったのさ。なぜなら、あんたにはある危惧があった。それは――」

 パチパチ。

 火のはぜる音が、清風に混じる。線香花火は己の短命を嘆くように、陰鬱にすすを落としていた。

「自分の正体がばれやしないかと、自分の罪状が露見するかもしれないと、あんたはそう思った。だから対策として、俺に詐術を弄した。歪にかけなかったのは単純に、歪が催眠にかかりづらそうだと思ったからだ。しかし佩刀歪はどうやら、篝火白夜に付随しているらしいと、あんたはすぐ理解した。あんたは俺を封じることで、聡明な歪の、都合の悪い横槍を避けたかったんだよ。そして俺はまんまと罠に引っ掛かった。あんたの思惑通りにな」

 雲間から月明かりが漏れる。曖昧だった少女の輪郭が明朗になった。

 少女は。

 斗米憐乃は。

 虚ろな空を背景に、やはり空虚な笑い声を上げていく。クスクスと、クスクスクスと、興じている。

 浮世離れしている。この世のものとは思えない。

「――なるほど。あなたの推理は実に非整合的で、非合理的。どう穿ったって、論理性を欠陥させているわ。けど、けどけどけど――面白い。どうしてそんなに面白い推測を思いつくことができるのかしら? あてずっぽうで偶然に頼り切った推測。基盤が緩すぎるのよ、あなたの推理は――」

 けど。

 もういいわ。

 そんなことは。

 どうでもいいことだもの。

 と。

 少女は。

 斗米憐乃は。

「死はね、一つの生存活動なのよ。あなた、分かる? 死の定義を、死の性質を、死の本質を、あなた、分かる?」

 死。

 突然の方向転換。

 押し黙る。

 猩々は滔々と、陰々と、縷々と語りだす。

「死はね、現世での消滅ではない。かといって、来世への渡来でもない。ましてや、前世への懺悔でもない。では、死とはなんなのかしら。不思議よね。ごく当たり前の事象なのに、そのメカニズムは誰も知らない。死に意味はあるのか。目的はあるのか。意図はあるのか。それは残酷な神の引いた設計図なのか、運命という一繋ぎの因果なのか。はたまた、それらとは一線を画すものなのか。勿論、科学的、生物学的な観点から見れば、死は定義できる。それが老いの延長であることも、たんぱく質の老朽化が原因であることも解明されている。けど――死はそんなつまらないものじゃないのよ。1が0になっただけなんて――そんな簡単に取り扱えるようなものじゃないわ。死は――死は――人に託された最後の希望よ。愛であり、光であり、人類と超越した何かを司るものが残した、唯一の救済措置よ。人は、死ぬことでしか報われないわ」

 シヌコトデシカムクワレナイワ。

 死。

 それは。

 どういうことだ、斗米憐乃?

「だから私は――実現させた。死を逃避の手段としてではなく、昇華のための手段として、用意した。私は、死を導いた」

「それはあんたが」

 殺したのか。

 あんたのせいでみんな、死んだのか。天体観測部の連中を、そそのかしたのか。

 そして、あんたは。

 斗米憐乃は中毒者のように、体をふるわせた。ぶるぶると、小刻みに、雨に震える子犬のように、その華奢な体をふるわせた。

 と。


「つまらない社会に、つまらない人間! 弱い者は強いものに搾取されて、生きる術を失って、世界から見放されて、弱い人生を送る! 飽き飽きしたわ! 何よこの、低俗な人間たちは! 偽りの強さを振りかざして、のうのうと生きる凡人! つまらないのよ、あんたたちは。自分一人じゃ何もできないくせに、他人の手柄を横取りして、他人の弱みに付け込んで、他人をぼろ雑巾のように利用して――。自分がいかに他者の存在に惑わされ、(いざな)われ、欺かれ、狂わされてきたのか! 矯正しようのない人格としての弱さ! つまらない争い、暗愚な闘争、そしてそれを眺めるだけの傍観者。何もしないクズ――弱い! 弱すぎる! ――だから。だから私が導いてあげた。こんな腐った世界から脱出するための活路を。死という究極の快楽を!」

 弱い。

 弱い弱い。

 弱い弱い弱い。

 人はみなバカだ。クズだ、アホだ、ゴミだ。

 壊れたように笑う。

 身振り手振りを加えて、憤怒する。

 夜。

 月明かりが射しこむ、穏やかな夜。

 ぜんまいが切れた人形のように。

 夜色の少女は。

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