表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第二章 【似非合同】 
33/39

第三十三話  〃  16

 一ページ目はあらかじめ設けられた白紙だった。

 一息ついて、パラパラとページをめくる。

 連綿と、めくる。

 すると、目の網膜が見知った少年を映し出した。それは無数の写真や切りぬきの中にいた。

 少年は金髪に釣り目。百七十センチのやせぎすの体をだるそうに動かしていた。中学校の頃からスクラップしているからなのか、ページを進めていくごとに少年の年齢は上がっていく。それは実験用のモルモットの観察日記を見ているようで、不思議な気分だった。

 一ページごとに、三枚の写真が貼付(ちょうふ)してある。それぞれの写真には数行のコメントが書かれてあった。

 傘を指さずに雨の中を走っていく少年の写真には、「風邪をひくから次はちゃんと傘をさしてね。心配だから、後で熱を測りに来るから」とコメントが添えられている。その下の写真には、自室で蒲団にくるまる少年と、体温計を持った少女の姿があった。

 コメントには、「どうやら熱はないみたいだね。けど、安静にしてなきゃダメだよ」と書いてある。それには日付が書き添えてあって、「1988年。6月4日。土曜日」とも書かれてあった。

 今から三年前のものだった。

 さらにもう一枚。一番下の写真には、熟睡する少年の頬に口づけする少女が写っていた。「バイバイ。また明日ね」と書き記されている。

 それらの写真の横には、中途半端に長い金色の髪の毛と、短いレシートが張りつけてあった。「またコンビニ弁当? そんなんじゃ、健康に悪いよ。もっと栄養のつくもの食べなくちゃ」と寄せている。

 他にも見てみる。

 数秒して、後ろ側のページに行きつく。どうやら一日一ページと決めているらしく、このアルバム自体が一年分の観察記録として機能しているらしい。最後の数ページには、何行にも渡って少年のフルネームが延々と綴られている。そして、少年の名字と少女の名前を組み合わせた名前もまた、膨大な筆力で紡がれている。

 赤いマーカーで。

 何度も何度も。

 何ページにも渡って。

 執拗に。

 偏執に。

 無言で閉じる。

 と。


「お待たせいたしました」


 数秒して歪が入ってきた。

 歪はテーブルに顔を突っ伏す俺に不思議そうな視線をくれ、「どうかしたのですか?」と問うた。

 その質問には答えず、「水羊羹か」と頭を上げた。「好物だ」

「そうでございますか。私も好物です」といって、静々と可憐な笑顔を見せる。「用意した甲斐がありました」

 歪はテーブルにお盆を乗せた。二人分の水羊羹とお茶を置く。そのまま向かい側に腰を下ろした。

「……どうかなさったのですか? 顔色が悪いようですが」

「なんでもない。それよりもパソコンは?」

「押し入れの中です。今取り出しますね」と歪はやはりたおやかに立ち上がった。一瞬、視線が机のほうに向かう。

 無表情だった顔つきに変化はない。

 歪は押し入れに向かう前に、机上のアルバムをさりげなく片付けた。そうして、体を方向転換させる。

 腰まで届く黒髪。スマートな肢体。スカートから伸びる足は健康的な肌色で、無駄な肉がない。

 差しだされた水羊羹に手をつけず、注がれたお茶にも手をつけず、歪を待つ。ちょうどノートパソコンを棚から出しているところだった。

「旧式ですが、よろしいでしょうか」と確認を入れる。頷くと、歪も頷き返し、ノートパソコンを広げる。コードを繋げ、電源を入れた。

 ディスプレイに青い光が点る。歪はこちら側に画面を向けた。「お好きなようにお使いください」

「使い方が分からない」

「まず検索エンジンを呼び出す必要があります」と嫌な顔せず、講釈をしてくれる歪。「eの形をしたアイコンにカーソルを合わせるのです。そしてマウスで右クリック。すると検索エンジンが表示されます。お分かりでしょうか?」 

「アイコンってなんだ?」

「アイコンとは各種の機能を絵や図柄で画面上に示したものです。アイコンをクリックすることで、それに呼応した機能を扱うことができます」

「……クリック?」

「マウスのボタンを押してすぐに離す動作のことを指します。こうカチっと指で操作します」

「……魔法の箱ってわけでもないんだな」と嘆息する。「ある程度の操作は必要なのか」

「科学は魔法の領域に近づきつつありますから、あながち嘘というわけでもないでしょう。続きをよろしいでしょうか」

「頼む」

「私を先生と呼んでも構いませんよ」と笑い交じりにいわれる。




 三十分ほどでマスターした。

 歪の講釈は明瞭で理解しやすかった。簡単な動作なら、どうにかできるようになった。

 検索ボックスに「自殺」とタイプしても、歪はやはり無表情だった。意見するつもりはないらしい。黙って画面を見ている。

 膨大な数のサイト。とりあえず一番上のサイトをクリックしてみる。

 どうやらそのサイトは、心理学的な立場から「自殺」について考察するサイトのようだった。やけに小難しい専門用語が乱舞している。

 手に負えない、と判断し、サイトを閉じた。無知な自分に自己嫌悪しながらも、手当たり次第に次のサイトへアクセスする。「また心理学系か」

「白夜様」と呼びかけられる。「お言葉ですが、検索の仕方を少し変えてみてはどうでしょうか」

「どういう風に?」

「普通に『自殺』とだけ検索すれば、このように心理学的、文学的な立ち位置による情報が多数をなします。ですから、例えば――例えばの話ですが、もし自殺志願者や自殺に苦悩する者の声を聞きたいのなら、自殺掲示板などを覗いてみるというのはいかがでしょうか」

 例えばといってくれる歪は、やはり優しい奴だった。

「そうしたいのであれば、『自殺掲示板』や『自殺志願者の気持ち』といった風に検索するのが上策かと」

「その策もらった」と検索ボックスにカーソルを合わせる。歪のいうとおり、「自殺掲示板」とタイプ。適当にサイトを選んだ。

 ネットサーフィンを続ける。のべつ幕なしに自殺関連のサイトが登場。極端な厭世主義や、投げやりな享楽主義。破綻した楽観主義や、遊び半分のサイトなど、枚挙に(いとま)がない。

 しばらくの間、サイトを漁る。

 すると。

 奇妙なサイトに行きあたった。

 背景はなぜか神社。

 サイト名は――「天岩戸(あまのいわと)

 なんだこれ、と思う。これが果たして自殺掲示板なのだろうか。にしては背景がおかしいように思えた。自殺という暗澹とした雰囲気と噛み合っていない。

 しかしそれは杞憂だったようで、トピックスには滅入ってしまう内容のものばかりあった。愉快な死に方。楽な死に方。一度はしてみたい死に方。お勧めの死に方……。

「……変な掲示板だな」と思わず、そう漏らす。死に方云々以前に、なぜ神社の神前を選択したのだろうか。「製作者の意図が分からない」

「白夜様は古事記をご存知でしょうか」と歪が尋ねる。いきなりの方向転換。歪の意図もまた、分からなかった。

 当然のことながら、ほとんど知らない。ただ前に斗米憐乃と会った時、そんなことをいっていたような気もする。

 分からない、というと歪は古事記について説明してくれた。

「古事記とは、簡潔にいえば日本最古の歴史書です。稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗唱した帝紀や旧辞を元明天皇の勅によって選録されたものですね。内容は日本の神々――天地創造の話でしょうか。このサイトにある天岩戸とは、古事記に登場する有名な地名の一つでもあります。これは宮崎県にある天岩戸神社ですね。天照大神を祭る神社です。天照大神とは那岐神(いざなきのかみ)によって創造された三貴子の一人です」

「……おまえ」と口ごもる。「やけに詳しいな」

 歪はやんわりと笑って、「神社の跡取り娘ですから」とかわいらしく笑った。「これくらいの知識はあってしかりです」

 転寝鈴蘭も日本の古典に詳しかったのを思い出す。前に何度か話したことがあるが、彼女はその分野に通暁していた。古事記やら日本書紀など、国学の造形は深い。歪にも劣らないのでは、と思う。

 方や陰陽道の一派、方や能楽の名家。通じるものはあるのだろう。幼いころから古典常識を叩きこまれたに違いない。

「なるほど。サイト名が天岩戸とは――。皮肉というか、滑稽というか。どちらにしろ製作者のバカバカしくも禍々しい思いは汲み取れますね」

「どういう意味だ、それ」

「自殺とは非常にバカバカしい行為です。それでいて人々をひきつける。その禁じられたもののみが帯びることの許される神秘。悪に魅了される、思春期の子供のような純粋さを持っているからでしょうか。死というのは概して、民族や時代の壁を越えて畏怖や憧憬の対象となるものです」

 歪は濡れたように艶のある眉を沈めた。

「話を戻しましょう。天岩戸とは、天照大神が身を隠した岩窟なのです。詳細をいえば、須佐之男命(すさのおのみこと)の乱行に憤慨した天照大神が、怒りのあまり隠れた場所が天の岩戸です。天照大神は日輪を司る、太陽の神です。太陽の神が窟に身罷ったことで、太陽は沈み、光を失った世界は闇に包まれた。古事記ではそう記載されています」

 太陽が沈むね、と心の中で呟く。神話ならではの荒唐無稽な話。

「光なんてない。この世に希望という光なんてものはない――てことか? だからサイト名が天岩戸。明日への展望が見えないから、世相への皮肉も込めて、天岩戸だと、そういうことなのか?」

 歪はパソコンの画面を見て、「これの真意は製作者にしか分かりません。ただ可能性は高いと思います」と静かにいった。

 どうやらこのサイトの制作者は、明確な意図があってこのサイト名をつけたらしい。

 サイトの冒頭には、とある一文が記されていた。


 魚心あれば下心。飼犬に手を噛み潰される。水清くなくとも魚棲まず。世界なんてこんなもの。社会なんてこんなもの、情があっても、恩があっても、志があっても、結局全ては無駄になる。そんな腐った世界はこりごりだ――そんな人を歓迎しています。


 それは無邪気な遊び心と、致命的な悪意が見え隠れしていた。軽妙で意向が凝らされた文辞。だが、どこかいびつだった。

 掲示板をスライドしていく。人の数だけ悲愴と、後悔と、悪意と、善意が詰まったスレッド。それは果てのない地平線を思わせる。

 と。

 見覚えのある単語が目の端をかすめる。それはサイト主からの投稿で、スレッドの一番上にあった。

 指が勝手に、その箇所をクリックしていた。

 

 来週の日曜日、○○村の○○高校の屋上で、集団自殺しちゃうぞはぁと。自殺すのは全員部活仲間でっす。一人で死ぬのは怖いので、みんな仲良く、満天の星空を眺めながら、優雅にカッコよく死にたいと思いまーす。もしかして新聞で報道されるかも? 私たちの活躍にこうご期待!


 書き込まれたのは、今日から約一週間前だった。それ以来、製作者の書き込みは、ない。よく見たらサイトの案内文にも、「サイト主は三途の川を渡りました」と書いてあった。

 死んだのか。

 仲間を道連れにして、死んだのか。

「くだらねぇ」とは思うも、同時に引っ掛かりも感じた。これと同じ状況が、前にもあったような気がする。

 スライドさせていく。何個かコメントや、それに対する返答があった。

 曰く、「がんばってください。応援してます」だとか、「私の分まで死んじゃってください!」だとか、「来世であなたたちに会えることを願ってます」だとか、「おっけー。私も便乗しよっと」だとか、そんな一切合財を履き違えた文がどこまでも伸びていた。

 下のほうには、これとは別に集団自殺予告があった。仲間募集と書かれている。

 またこのサイトの慣例として、自殺志願者を募って集団自殺を行う場合、一日限りの会合を開くのだそうだ。残り少ない余生に心残りはないか、みんなで話しあうのである。

 悪意はどこにでも住みつく。本人がそれを悪意と認識しなくとも、自然と悪意に結びつく。それは人の頭の中にも、インターネットにもいえる。匿名性に加護された悪意は、拡散し、伝播し、他の悪意と相乗する。

 それは篝火白夜の父母にもいえる。彼らはやはり、悪意の塊だった。悪意でのみ成り立ち、悪意のために生き続けるような、悪意の権化だった。

 その所業は紛れもない悪だった。自殺を推奨するなど、社会の根幹を揺るがしかねない。

 しかし。

 悪意は混じり気のない無垢とした想いのような、そんなものが混合している場合もある。

 そういう点では、篝火建策も何かに取りつかれていたのだろう。妄執は時として、あらゆるものに勝る。人間としての規範や範疇といったものから、たやすく乖離できる。妄執は違った意味で人を強くする。篝火建策が殺人を断行できたのも、あれが普通に狂っていたからだ。根本的なものを度外視しているものの、筋はちゃんと通っている。一見して脈絡のない行動原理にも、何らかの条件は存在する。

 狂うということは思いのほか論理的で、理路整然としていたりもする。

 それでも。

 この掲示板は何かが違う。

 サイトを読み進めていくうちに、そういった思いが強くなる。

 この掲示板は、どこからどう見ても頽廃的。廃墟をネオンで装飾しているような、積極的な無意味さが窺えるのだ。見ていると嫌な気分になる。そして、得体の知れない恐怖をも感じられる。

 サイトを閉じる。歪に教えられたとおり、しかるべき手順に沿って、シャットダウンした。

「もう、よろしいのですか?」

「まぁな。あらかた情報は手に入ったし、後は」

 食って、寝て、考えが醸成するのを待つだけだ。

「お帰りになるのですか」

「時間も遅いだろ」

「お茶菓子を口にしておられないようですが」

「腹、減ってなかったんだ」

「一口くらいお食べになってください。お手製の羊羹で、前々から白夜様にお食べになってほしかったのです。ああ、勿論、変なものは入ってはいませんよ」

「変なもの?」

「……いえ、なんでもないです。それよりも、いかがでしょうか」 

「いらない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ