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神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第二章 【似非合同】 
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第三十話   〃  13

 四時間目の授業が終わる。今日は昼食を持参していないので、購買部へと向かう。

 その途中で、聞き捨てならない言葉を聞いた。

 階段を下りていると、脇を通っていた男子生徒の一人が、「天体観測部」という単語を口にしたのだ。

 耳をすませる。

「それでな」と男は続ける。「それでな、おまえ。天体観測部の部員が自殺したのは知ってるだろ?」

 男の隣にいた男は、「知ってるに決まってるだろ」と返答した。「それがどうかしたのかよ」

「どうしたもこうしたもねーよ。これはまあ噂だが――いるんだよ」と話題を振った男はたっぷりと間を開けた。 

 何がいるんだ、と疑問に思う。引き続き、男たちの会話に耳を尖らせた。

「何がいるんだよ」と俺の心の声を代弁したかのように、もう一人の男が問う。

「やっぱり知らねーよな」

「焦らすなって」

「分かったよ」と男はニヤニヤと笑い、「どうやらいるらしいぜ。例の集団自殺の生存者が」と自信たっぷりにいった。

 男は呆気にとられたようだった。「マジ? 確か全員死んだはずだろ」

「違うな。確かに部員のほとんどは自殺しちまった。けど一人だけ自殺しなかった部員がいるんだ」

「誰だよ?」と男が訊く。それは俺も知りたい。

斗米憐乃(とまいあわの)――っていう生徒、知ってるか? ほら、生徒会書記の、メチャクチャ綺麗な色白の女」

 それを受けた男は顔をにやけさせた。「そういえば、そんな人がいたような……。思い出した。あの、神秘的な感じの姉ちゃんだろ? 一つ上の先輩の」

「そうだよ、それそれ。で、斗米憐乃っていう女子生徒は、天体観測部の中で唯一自殺しなかったんだ」と満足そうに男のほうを見て、「もしかしたら、あの集団自殺について何か知ってるかもしれねーな」と会話を締めくくった。

 ピタリと歩くのをやめ、二人の男子生徒に近づく。できる限りの鋭い視線を心掛け、「ちょっといいか?」と問いかけた。

 二人組は俺の姿を認めると、小動物のように体を縮こまらせた。視線をせわしなく泳がせ、周囲に助けを求める。しかし、周りの生徒たちは見て見ぬふりをして、速足でこの場から去った。

「ななな、なんだよ、俺たちになんか用かよ」と挑みかかるように口を尖らせる。ただ自ら近寄ろうとはしない。顔も引き攣っている。

「その話、詳しく聞かせてくれないか」

「……話?」

「その、天体観測部の奴だ。おまえ、知ってるんだろ」

 男は不服そうに顔をしかめるが、一睨みすると、恭順な態度を見せた。もう一人の男も腰が砕けている。大声で一喝すれば、尻尾を巻いて逃げそうな怯えようだった。

「それで」と男の胸倉をつかみ、「どうなんだ、それ」と脅すようにいう。

 男は小さく呻き声を上げて、「わわ、分かった。いえばいいんだろ、いえば」と不承不承にいった。しきりに胸倉の辺りを気にしながらも、それについて話しだす。「天体観測部の部員が集団自殺したのは知ってるよな? 休校したからさすがに知ってるとは思うけどな。――でな、けど斗米憐乃っていう三年生の女子だけが自殺しなかったんだ。おまえは知らねーと思うけど、生徒会の人だ。んで、ひょっとしたらその斗米憐乃が集団自殺を引き起こした黒幕なんじゃないかって、もっぱらの噂。一応学校には来てるらしいけど、俺も詳しいことは知らん。これでいいか?」

 噛みつくようにいわれる。手負いの獣のようで、猛々しい。

 そんな様子に変なところで感心してしまった。見た目によらず、胆力があるのかもしれない。

 男を離す。

 男は苦しそうにうずくまり、胸の辺りをさすった。そうしてこちらのほうを軽く睨んで、その場を去った。もう一人の男は既に逃走していたので、この場にはいなかった。

 その後ろ姿を眺める。やっぱり嫌われてるんだな、と改めて思う。もう覆らない。篝火白夜は完全に忌避される存在に落ちていた。

 斗米憐乃。

 天体観測部の人間でもあり、歪の所属する生徒会の人間でもあるらしい。あまり学校に近づいたことがないからか、全然知らない名前だった。そもそも名伽狭霧が生徒会の一員であることを知ったのは、つい最近のことなのだ。

 さて。

 どうするかな。

 なんて思って、足を動かした。




   ○○○




 購買部でパンをいくつか購入。その後に向かった先は、中庭ではなく、二年一組の教室だった。

 教室にはスライド式のガラスが嵌めこんである。熱いのかガラスの窓は全開だった。この学校にはいまだ、冷房機具が充実していない。だからか、二年一組に限らず、全ての教室の窓は開け放たれていた。

 当然。

 知り合いはいない。周りは訝しげな視線を向けて、避けていく。

 他クラスに入るのは初めてだった。そういう躊躇いもあってか、教室のドアの辺りで立ち止まった。

 ……いた。

 小さく嘆息。眼下にはとある女子生徒が映っていた。

 その女子生徒は鞄から弁当を取り出そうとしていた。移動教室だったのか、科学の教科書が机に出ている。椅子に座っているので、長い黒髪が床につきそうだった。

 科学の教科書を片付けた女子生徒は、示し合わせたようにこちらに目を向けた。すると無表情だった顔に感情の色が浮かび上がる。女子生徒はいつも通りの優雅さで、こちら側に向かってきた。

「どうかいたしましたか。白夜様?」

「ああ。おまえ……暇、か?」

「暇、というわけではありませんが、白夜様のためとあらば、なんなりと」

「一緒に食べないか」といって、菓子パンを掲げる。

「喜んで」

 歪は自分の机に戻り、弁当を取りにいった。そのままとんぼ返り。「どこでいただきましょう?」

「中庭」

「承知いたしました」とこれといって不満もないのか、あっさりと申し入れを受諾した。

 俺と歪は中庭へと向かった。

 相変わらず人気はない。時折生徒がそばを通るくらいだった。少なくとも何もない中庭で食事をする物好きは、いないらしい。

 取ってつけたようなベンチに腰を下ろす。歪もその隣に座り、弁当を広げた。中身は色とりどりで、種類も豊富。

「ほしいのですか?」と問いかけられる。どうやら歪の弁当をずっと見続けていたらしい。「でしたら差し上げますが」

 首を振る。なんだか、恥ずかしい。

「そうですか」と無感動に呟いた。

 静寂がこの場を支配する。一緒に食事――とはいっても、ほとんどしゃべらない。

 よく二人で昼食を共にすることは、割とある。ただ、そこで話が弾んだこともないし、大声を上げて笑った記憶もない。それは登下校の時も同じで、何かの話題で盛り上がったことはなかった。歪はこちらから話をふらない限り、無口だった。

 ただ。

 歪の性格が暗い、というわけでもない。たんに俺が寡黙なだけで、歪はそれに合わせてくれているのだと思う。それに基本が無表情だから、ひょっとしたら、これが素なのかもしれない。それでも、無駄なことは一切いわないし、慎み深い。

 佩刀歪はそういう人間で、やはり摩訶不思議だった。

 俺といて楽しいのだろうか。

 なんて思うが、口には出さなかった。

「歪」

「なんでしょうか」

 切り出すかどうか迷うも、「斗米憐乃っていう女子生徒を知ってるか?」と尋ねた。

 不思議そうな表情をする。「斗米さん……ですか? 斗米さんがどうかしたのですか?」といった後、考え込む。「いや、なるほど。そういうことですか。分かりました」

「……歪?」

「転寝棗のことを引きずっておられるのですね。確かにあれは凄惨な事件でした。心中お察しします。しかしそんなことをしたところで、無意味なものは無意味なのですよ、白夜様」と歪は静かにいった。

 理解が遅すぎるのは勿論、早すぎるのも困る。歪は早くも俺の意図を理解したようだ。

「それは過去の幻影ではないのでしょうか。転寝棗はすでにして死去いたしました。いまさら原因を求めたところで、結果は不動です」と諭すようにいう。「死者は二度と帰ってきません。お分かりですね?」

 それは。

 たぶん。

 分かってるのかどうか、分からない。

 ただ。

 奇妙だった。

 転寝棗の自殺が、奇妙だった。

 その小さな違和感は、悲しみと呼ばれるものなのか、怒りと呼ばれるものなのか、分からない。涙こそ出たが、だからどうだとも心の中で思った。閉塞感こそあったが、むしろ一抹の疑問のみがあるだけ。

 それはすれ違いざま、無知らぬ人に殴られるような感覚だった。

 まず思うのが、なぜという疑問である。どうして自分を殴るのか、といった理不尽な行いに対する問い。それが先行する。

 転寝棗の死も、それに似ている。名伽狭霧の出奔も、似たようなものだ。この二つの事件に関連性があるかどうかはあずかり知らぬところではある。ただ、両方とも、妙な因果を感じる。

 その時に掴んだ、転寝棗への手がかり。俺は自分の中でくすぶっているものと決着をつけるために、それにすがった。

 うまくいえない。

 きっと言葉にすればとたんに意味を無くすものなのだろう。それはひどく観念的で、恣意的な感情だからか。あるいは言葉にするだけの整合性がないからなのか。

「斗米憐乃から話を聞きたいのですね? 天体観測部の集団自殺について、何か知ってはいないか、と」

 その通りだった。やはり何でもお見通しらしい。

 首肯すると、歪は慨嘆した。それは聞きわけの悪い子供を目の前にした母親のような溜息だった。

 それでも、頼んだ。

 無理をいって、頼んだ。

 身勝手だと思いながらも、頼んだ。

 他力本願。

 畢竟(ひっきょう)、他力本願だった。

 歪はふっと笑った。

 優しく包み込むような笑みだった。

「分かっています。私は白夜様の奴隷。あなた様のためならば、どんなことでもする(しもべ)です。ですから、そんなに気を落とさないでください。斗米憐乃には私が話をつけておきます」

「……いいのか。本当に、それで」と尻すぼみになる声。「さっきは無意味だって――」

「あれは一般論であって、私の考えではございません。私の考えは常に白夜様に根差します。白夜様が斗米憐乃との面会のお望みなら、私はできる限り、それが実現するよう尽力します。白夜様の願いは私の願い。白夜様の幸せは私の幸せ。白夜様に尽くせることは、何物にも代えがたい幸福。白夜様のお力になれることは、どんなことにも勝る名誉。白夜様と添い遂げることは、無上の喜びなのでございます。ほかにもご所望がおありでしたら、遠慮なくおっしゃってください。なんでもいたしますので」と歪は俺の手を握った。柔らかな指が絡みつく。それは穏やかな安らぎを生んだ。

 理解者や味方がいると、一人でいるのが怖くなる。今まで一人でできたことが、一人ではできなくなる。

 それはどういう意味なのか。

 弱くなっている、ということなのか。

 孤独を苦行と捉えるか、安らぎと捉えるか。

 その認識の差で、変わるものがあるのか。

「好きです」と彼女はいう。

 無表情なのに、甘えるような声で、そんなことをいう。

「白夜様は私のこと、好きですか? どれくらい好きですか? 私といて幸せですか? 幸福に感じてくださっていますか? 私は幸せですよ。今この瞬間が、肌と肌とが触れ合う時が、すごく、すごく、幸せです」

 うわごとのように呟いて、濡れた瞳を向ける。

 それはぞっとするくらいに深い、果ての見えない奈楽。

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